抄録
【目的】
臨床においてanterior knee pain(以下AKP)を訴える患者は少なくない。その中で膝蓋下脂肪体の炎症が原因として考えられる症例が存在する。膝蓋下脂肪体炎は膝蓋下脂肪体が外傷や繰り返しの機械的刺激によって微細な損傷を受け小出血を生じ、その刺激によって細胞浸潤・結合織性肥大を起こし線維化するために柔軟性を失う。その為、本来膝関節伸展に伴う前方移動が阻害されることによって、大腿脛骨関節(FT関節)間や大腿膝蓋関節(PF関節)間に挟まれることで疼痛を引き起こすといわれている。しかし、関節鏡視下においては膝蓋下脂肪体の増殖、膝関節伸展時にFT関節間やPF関節間に挟み込まれる所見が認められるが、MRIなどの画像所見では膝蓋下脂肪体の肥大は認められるものの鑑別診断が困難である。また、生体における膝関節運動時の膝蓋下脂肪体の実際の運動についての報告は少ない。
そこで今回超音波診断装置を用い、膝関節自動運動時に膝蓋骨・大腿骨・脛骨及び膝蓋腱で形成された空間内で、膝蓋下脂肪体がどの様な状態となるのか、膝蓋下脂肪体炎患者と健常者で比較することで、疼痛発生メカニズムの一助とすることを目的とした。
【方法】
対象は当院を受診し、膝蓋下脂肪体炎と診断された3例4膝をAKP群とした。性別は全例女性であり、平均年齢は15.8±1.9歳であった。また、膝関節に障害が無く、本研究の趣旨を説明し同意を得られた健常女性23例46膝をコントロール群とした。平均年齢は26.9±3.8歳であった。
画像撮影には、日立メディコ社製デジタル超音波診断装置EUB-7500を用いた。プローブは膝蓋骨下端から脛骨粗面までが撮影範囲に入るように調整を行い、深部50mmまでの奥行きを、膝蓋腱中央部に垂直に固定した状態で撮影を行った。
方法は1)椅座位で膝関節90°屈曲位にて超音波画像の撮影を行った(屈曲位)。2)その肢位から膝関節自動運動にて完全伸展した肢位で超音波画像の撮影を行った(伸展位)。3)1)と2)の膝蓋骨から脛骨粗面までを結んだ直線に対する膝蓋腱の形態にて次のように分類を行った。type A:膝蓋腱が平行を示すもの、type B:膝蓋腱が脛骨側(後方)に凸を示すもの、type C:膝蓋腱が体表側(前方)に凸を示すものとした。
1)・2)は業務にて超音波検査を行っている検査課職員が行い、3)に関しては同一の測定者が視認した上で判断し分類を行った。
【説明と同意】
十分な説明を行った上で同意を得られた者を対象とした。
【結果】
屈曲位においてはAKP群、コントロール群とも全例type Bであった。伸展位ではAKP群ではtype Aが1膝、type Bが0膝、type Cが3膝であった。コントロール群ではtype Aが30膝、type Bが16膝であり、type Cは認められなかった。
【考察】
今回の結果ではtype CはAKP群でのみ認められた。type Cでは膝蓋下脂肪体が増殖したことや、組織の繊維化・瘢痕化により脂肪体そのものの柔軟性が失われていることによって、膝蓋腱が背側から押し上げられた結果生じたものと考えられる。膝蓋下脂肪体炎患者では膝蓋下脂肪体の浮腫・結合織性肥大が生じ、膝関節の自動伸展に伴い膝蓋下脂肪体が前方に移動した際に、FT関節間やPF関節間に挟まれるだけではなく、膝蓋腱との間で圧が高くなることが原因となり、膝蓋下脂肪体の疼痛が引き起こされていることが考えられる。
また膝蓋腱の強い緊張や短縮も膝蓋下脂肪体との圧が高くなる原因と考えられる。これは骨盤後傾動作による大腿四頭筋の持続的な収縮や、膝関節の回旋運動による膝蓋骨のalignmentの変化も重要な要素であると考えられる。このことより理学療法を行うにあたり、膝蓋下脂肪体の柔軟性改善を図ることや、膝蓋骨の可動性や大腿四頭筋の筋柔軟性を改善し、膝蓋腱と膝蓋下脂肪体間の圧を軽減させることで疼痛の改善を図れることが考えられる。これらに加え、不良動作に陥っている原因に対しての機能的なアプローチや、足底板などの装具などを用いることにより動作の改善を図ることで、膝蓋腱・膝蓋下脂肪体間の圧を減少させることも重要であると考える。
【理学療法学研究としての意義】
超音波画像による評価は浸襲が無く、人体への影響も少ないため安全性に優れており、リアルタイムで骨や軟部組織の運動や状態を観察することが可能である。膝蓋下脂肪体炎の病態理解により、機能障害や動作を改善によって膝蓋腱と膝蓋下脂肪体間の圧を減少させるという、明確な目的を持った理学療法を実施することが可能であると考えられる。