抄録
【目的】大腿四頭筋は筋実部での断裂が主であり、大腿四頭筋腱断裂は稀とされている。諸家の報告によれば膝伸展機構損傷のうち2~4%に過ぎないとされている。その発生は中年以降の男性に多く、関節リウマチ、甲状腺機能障害、慢性腎不全(血液透析患者)などの基礎疾患を有する患者ではつまずく程度の小外傷により受傷される例が報告されている。今回,若年者に発生した大腿四頭筋腱皮下断裂(腱骨付着部)の術後理学療法を経験したので報告する。
【方法】[症例]14歳、男性、身長168cm、体重52kg、BM18.4(低体重)、学生。1月27日に転倒し左膝関節半月板損傷を受傷。他院にて2週間、伸展位膝関節固定帯を装着し免荷となった。2週目より1/2部分荷重歩行開始、装具も除去となった。その後左膝関節拘縮残存(屈曲100°)するも、独歩可能となった。同年3月3日、階段降段中に転落し左大腿四頭筋腱皮下断裂を受傷したため。同月14日に当院紹介入院。15日に手術を施行した。[手術手技]手術は、Scuder法を施行した。S字状皮切に侵入すると大腿四頭筋は膝蓋骨上端の骨付着部にてほぼ完全に断裂していた。これをアンカーシステムを用いて大腿四頭筋断端を膝蓋骨に縫着後、大腿直筋筋膜部に三角形の皮弁を形成し、これを反転し膝蓋骨前面骨膜に縫合し、補強を行った。
【説明と同意】本発表においては当院倫理委員会の承認及び、患者、御家族より同意を得ている。
【結果】[理学療法経過]術後2日より車椅子乗車開始。術後4日より平行棒内歩行訓練免荷にて開始。術後5日より松葉杖歩行訓練開始。術後1週よりCPM(伸展0°/屈曲30°)、大腿四頭筋セッティング訓練開始。術後3週より自動介助にて関節可動域訓練開始。大腿周径は膝蓋骨上縁15cmにて5cmの左右差であった。術後4週より荷重下での過屈曲を防止する目的にてBreg Knee Braceを屈曲を30°に制限して装着、1/3部分荷重歩行開始。術後5週より1/2部分荷重歩行開始。術後6週より2/3部分荷重歩行開始。術後6週の時点で大腿四頭筋がMMT 1と著明な低下が認められたため、低周波、筋電図モニターを用いた、バイオフィードバック療法よりアプローチを行った。術後8週より全荷重歩行開始。術後10週よclosed kinetic chainでの筋力増強訓練を開始。右膝関節屈曲可動域の推移は術後4週30°、術後5週60°、術後6週80°、術後8週100°、術後10週125°、術後4ヵ月には全可動域獲得、正座可能となり装具も除去となった。術後10ヵ月には体育の授業に復帰した。術後1年4ヵ月の時点で左大腿四頭筋MMT4。大腿周径は膝蓋骨上端15cmのレベルにて1.5cmの左右差であった。ADLにおいて階段昇降は安定して可能、サイドステップ、ジャンプも安定して可能、跛行、自動伸展不全、運動時痛もなかった。
【考察】今回、稀である若年者の大腿四頭筋皮下断裂の1症例の術後理学療法を経験した。受傷機転としては受傷前の固定によって生じた関節拘縮、腱の力学的脆弱化(Noyes 1977)によって発生したものと考えられる。術後理学療法においては縫合部の安定化に合わせ訓練を施行した。筋組織の柔軟性維持、関節周囲軟部組織伸張性の向上、膝蓋上嚢癒着の防止、膝蓋骨可動性の改善、術創部癒着の防止を留意し温熱療法、ストレッチング、関節可動域訓練、筋力訓練を実施した。本症例報告例の治療においては受傷後早期の筋縫合と早期関節可動域訓練が重要とされているため(神田2001)、早期より拘縮因子に対するアプローチを積極的に施行することが重要である。
【理学療法学研究としての意義】大腿四頭筋腱皮下断裂の術後理学療法に関する症例報告は少ないため、今後のエビデンス構築においては症例のデータ蓄積が重要であると考える。