抄録
【目的】膝関節痛を主症状とする代表的な疾患として変形性膝関節症(以下膝OA)が挙げられ、厚生労働省の調査では、膝OAの潜在的な患者数は約3,000万人と推定されている。膝OA患者の多くは膝のこわばり感が出現し、次第に正座や階段昇降、歩行で疼痛が出現する。さらに膝OAの進行に伴い関節可動域制限が出現し、身体活動量の減少からQuality of Life(以下QOL)が阻害されるため、症状の改善を期待し手術を希望する患者もみられる。したがって我々は、術後の理学療法に反映するために、患者の術前のQOLを把握し評価する必要性があると考えられるが、手術適応となる患者のQOLが実際どの程度低下しているのか、並びにQOLの低下に関連する身体機能についての報告はあまり見あたらない。そこで本研究は、膝OAに対する疾患特異的QOL評価尺度として、日本版膝関節症機能評価尺度(以下JKOM)を用い、患者の術前QOLを評価し、QOLの低下に関連する各要因ならびに身体機能との関連性について検討した。
【方法】対象は、膝OAにて高位脛骨骨切り術、単顆片側置換術、人工膝関節置換術の目的で当院に入院した33例33膝であった。性別は男性7例、女性26例で、術側は右13膝、左20膝、平均年齢は72.3±7.9歳(54~84歳)であった。対象者には入院時に自己記入式にてJKOMを調査した。身体機能評価は身長、体重、BMI、変形性膝関節症膝治療成績判定基準(以下JOAスコア)、Visual Analogue Scale(以下VAS)、膝可動域、等尺性膝伸展・屈曲筋力、10m歩行速度(快適・最大)を行った。また、医師の指示のもとに当院放射線技師が撮影した膝レントゲン画像からFemoral Tibial Angle(以下FTA)ならびに北大式病期分類(以下stage)を判定した。統計学的処理は、JKOMの総合点数ならびに下位評価尺度に対する各要因・身体機能との関連性についてSpeamanの順位相関係数を算出した。有意水準は5%とした。
【説明と同意】術前評価項目であるJOAスコア、VAS、可動域、筋力、歩行速度は術後の理学療法を施行するうえで有益な情報となることを対象者に説明した。そのうえで、得られたデータを本研究で使用することについて十分な説明を行い、研究参加に対する同意を書面にて得た。
【結果】対象者の膝OA病期分布は、stage1:0名、stage2:3名、stage3:7名、stage4:19名、stage5:4名であり、対象の約6割がstage4に集中していた。JKOM総合点数の平均値は76.3±21.9点であった。JKOM総合点数と有意な相関関係が認められた評価項目は、JOAスコア(r=-0.66)、VAS(r=0.70)、膝屈曲可動域(r=0.42)、10m歩行速度快適(r=0.48)、10m歩行速度最大(r=0.56)であった。JKOM下位評価尺度と有意な相関関係が認められた評価項目は、「膝の痛みやこわばり」で、stage(r=0.43)、JOAスコア(r=-0.66)、VAS(r=-0.71)、膝屈曲可動域(r=-0.59)であった。「日常生活の状態」では、JOAスコア(r=-0.61)、VAS(r=-0.64)、膝屈曲可動域(r=-0.40)、10m歩行速度快適(r=0.41)、10m歩行速度最大(r=-0.50)であった。「ふだんの活動など」では、JOAスコア(r=-0.59)、VAS(r=0.60)、10m歩行速度快適(r=0.56)、10m歩行速度最大(r=0.64)であった。「健康状態について」では有意な相関関係は認められなかった。
【考察】本研究対象者におけるJKOM総合点数は平均77点であった。先行研究ではOAを有する地域在住高齢者においてJKOM総合点数が平均53点であったと報告されており、本研究が異なる結果を示したのは、OA重症度の違いに加え、手術適応であることが関連していると考えた。また、JKOM総合点数とJOAスコア、VAS、膝屈曲可動域、10m歩行速度(快適・最大)に有意な相関関係が認められ、これらはQOLに影響すると考えた。さらに、ADL能力と高い関連性を持つとされる10m歩行速度において有意な相関関係がみられたことで、術後のQOLの改善にADL能力の改善が必要であると示唆された。一方、JKOM下位評価尺度と各評価項目との関連性においてはJOAスコア、VAS、10m歩行速度(快適・最大)で、「健康状態について」以外の下位尺度に対し有意な相関関係が認められた。特にVASではそれぞれ0.6以上の高い相関関係を示しており、膝の痛みはADL能力に対する影響が強いと考えられた。
【理学療法学研究としての意義】手術適応となる膝OA患者において、術前QOLには痛みの関連が強いことが示唆された。この知見は術後の理学療法において、痛みへのアプローチの重要性を再認識するうえで意義があると考えた。