抄録
【目的】高齢化が進むわが国において、高齢者の変形性膝関節症(以下,膝OA)の有病率は増加傾向にあるが、年齢によりどのような違いがあるかは不明な点が多い。そこで今回、全人工膝関節置換術(以下,TKA)目的に当センターに入院した重度膝OA患者を年齢で2群に分類し、術前の身体特性及び主観的評価による動作能力について比較検討した。
【方法】平成20年7月から平成21年9月までに当センターにTKA目的で入院した重度膝OA患者にアンケートを配布し回答が得られた116名から、除外基準に定めた大腿骨顆部骨壊死症3名、再置換術2名、対側股関節固定術1名を除いた110名(男性21名、女性89名、平均年齢73.8±7.2歳、中央値75歳)を対象とした。アンケートは動作能力および屋外歩行手段について調査した。動作能力は全47項目(基本動作9項目、身の回り動作10項目、応用動作13項目、家事動作10項目、夜間痛・こわばり3項目、社会的交流2項目)について「できる」「困難(不便を感じるができる)」「できない」の3段階にて回答を得た。屋外歩行手段は「独歩」「杖」「歩行器」「車いす」「その他」の中から該当するものすべてを選択してもらうようにした。身体特性はBody mass index(以下,BMI)・術肢の膝関節屈曲および伸展角度・Femorotibial angle(以下,FTA)・痛み・非術肢の膝疾患の有無・合併症について評価した。痛みは歩行時の膝関節痛について「痛みがない」「わずかに痛みを感じる」「やや強い痛みを感じる」「かなり強い痛みを感じる」の4段階にて評価した。また非術側の膝は「OA有り」「OA無し」「TKA術後」の3つに分類した。
対象は年齢の中央値を基準に75歳以上を「over群」、75歳未満を「under群」に分類し、動作能力、身体特性それぞれについて2群間の比較を行った(over群:63名,平均年齢78.8±3.2歳、under群:47名,平均年齢67.0±5.1歳)。動作能力は「できる」「困難」を可に、「できない」を不可に変換し、x2検定(Fisher補正)を用いて年齢と動作能力の関連について調べた。BMI、膝関節角度、FTAはt検定にて、痛みはMann-Whitney検定にて2群間の比較を行った。なお有意水準は5%とした。
【説明と同意】アンケート時に書面にて本研究の主旨を説明し署名による同意を得た。
【結果】動作能力は「基本動作」「身の回り動作」「夜間痛・こわばり」「社会的交流」の項目で2群間に有意な差はなく、家事動作3項目(両手鍋を持って歩く、床掃除、風呂掃除)、応用動作5項目(床のものを拾う、重いものを持って運ぶ、急な坂を上る、急な坂を下る、自転車に乗る)のみover群で有意な低下を認めた。また屋外歩行手段はover群で歩行補助具の使用が多い傾向がみられた(over群、under群それぞれ、「杖」49.2%、38.3%、「歩行器」22.2%、8.5%)。BMI、膝関節屈曲・伸展角度およびFTAはいずれも2群間で有意な差はなかった(over群、under群それぞれ、「BMI」25.8±3.0%、26.6±4.3%、「膝関節屈曲角度」121.1±12.9度、118.0±22.5度、「膝関節伸展角度」-12.7±9.4度、-10.6±8.4度、「FTA」186.4±7.8度、185.0±8.8度)。痛みは両群共「やや強い痛みを感じる」が最も多く、統計上2群間に有意差はなかった。また非術側の膝の状態は両群で同じような傾向を示した。合併症はover群で高血圧や呼吸循環器系の検査異常、脊椎病変が多く認められた。
【考察】今回の2群においては合併症を除く身体特性と多くの動作に有意な差はみられず、年齢によって一概に区切ることは不適切であると考えられた。ただし、「家事動作」や「応用動作」の一部にのみover群で低下を認めた。低下がみられた動作の特徴として1.両手動作あるいはリーチ範囲が広いことで高いバランス機能が要求されること、2.身の回り動作に比べ下肢および全身への負荷量が大きいことが挙げられ、膝OAに加え他の加齢変化も影響しているのではないかと考えられた。また、歩行に関する動作能力に年齢による違いは認められなかったが、over群では歩行補助具を使用する傾向があり、支持性やバランス機能の低下を上肢で代償していると思われた。さらにover群では内科的合併症や脊椎疾患を有していることも多く、以上のことから膝だけでなく全身の運動機能や内科的問題点などを評価する必要が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】重度膝OA患者においては、高齢になるほど膝だけでなく、バランス機能、耐久性、内科的合併症、他の骨・関節疾患などを総合的に評価し、治療をすすめていく必要があると考える。