抄録
【目的】
看護師は腰痛が多い職種であると報告されている.また,腰痛による運動制限は,ADL制限や心理的負担を増加し,QOLを低下させる.腰痛の予防・治療における運動療法では,特に体幹筋へのアプローチが重要であると言われているが,効果的に実施するためには,対象者の職業特性や身体特性を把握することが必要である.本研究の目的は,看護師の腰痛によるQOL低下と体幹機能の関連性を検討し,看護師の腰痛に対する運動処方の知見を得ることである.
【方法】
対象は,当院の病棟勤務看護師31名(男6名,女25名,平均年齢35.1±9.6歳)とし,基本情報収集,Roland-Morris Disability Questionnaire(RDQ),Visual Analogue Scale,大阪市立大方式Kraus-Weber Test変法(K-Wテスト),徒手筋力テストの体幹伸展筋力評価を実施した.RDQは24項目からなる腰痛疾患特異的QOL尺度で,高得点ほど腰痛が日常生活に影響を与えていることを示す指標である.日常生活への影響の因子が腰痛に限定され,腰痛のない対象者の得点は0点となることが報告されている.K-Wテストは腹筋群の瞬発力2項目,腹筋群の筋持久力3項目,背筋群の筋持久力2項目からなる体幹筋力評価指標である.腹筋群の瞬発力は背臥位にて,下肢伸展位での体幹屈曲と下肢屈曲位での体幹屈曲を各1回行い,到達度により5段階に評価した.筋持久力は,腹筋群は背臥位にて,下肢伸展位での体幹屈曲,下肢屈曲位での体幹屈曲,下肢伸展挙上での保持を評価し,背筋群は腹臥位にて,体幹伸展位,下肢伸展挙上位での保持を6段階の配点にて評価した.統計学的解析は,対象者をRDQの得点に基づき,1点以上得点があったものを腰痛によるQOL低下あり群(LBP群),0点をQOL低下なし群(Non-LBP群)の2群に分け,群間の各項目の比較にMann-WhitneyのU検定を行った.さらに,RDQ低下の関連要因を検討するため,LBP群の各項目のSpearmanの順位相関係数を求め,相関分析を行った.なお,有意水準は5%未満とした.
【説明と同意】
全対象者に対し,本研究の内容を同意書および口頭にて十分に説明し,署名にて同意を得た.
【結果】
LBP群20名(男3名,女17名,平均年齢37.2±4.1歳),Non-LBP群11名(男3名,女8名,平均年齢31.2±6.3歳)であった.群間比較ではLBP群において,Body Mass Index(BMI)が有意に高く(p<0.05),身長と下肢屈曲位での体幹屈曲が有意に低かった(p<0.05).また,相関分析においてLBP群のRDQは腹臥位での下肢伸展挙上保持(R=-0.605),年齢(R=0.52),経験年数(R=0.612)と有意な相関が認められた.
【考察】
LBP群においてBMI増加,低身長が認められた.肥満者は立位での作業時の身体行動に制限がかかりやすいことが報告されている.加えて,ベッドの高さなどの作業環境要因により,低身長者は高身長者と比較しては看護・介助動作時に患者との距離が増加しやすく,腰部への負担が増加するなどに体格による動作の制限による影響が考えられた.また,相関分析において,下肢屈曲位での体幹屈曲が有意に低かったが,この運動に代表される腹直筋や腹斜筋の収縮は,体幹屈曲の主動作筋であり,腹圧を高めることで,動作時に体幹を安定させているといわれている.臥位の患者に対する処置や体位交換など,作業姿勢が体幹屈曲位の保持や反復をする業務特性上,腹筋群瞬発力による運動能力や腹圧の維持が重要であることを示す結果であったと考える.さらに,RDQと腹臥位での下肢伸展挙上保持に負の関連性が認められた.腹臥位での下肢伸展挙上保持は下位腰椎周囲の筋活動が高い肢位であることが報告されている.下位腰椎は運動性が大きいため,背筋群筋持久力による脊柱の安定性が失われるに従い,運動制限をきたし,RDQが低下したと考える.
【理学療法学研究としての意義】
本研究の結果をもとに,腹筋群瞬発力と背筋群筋持久力の維持・向上を目的とした腰痛体操を指導することは,リハビリテーション医療従事者の障害予防につながり,産業保健場面における理学療法士の重要性を認識するうえで意義があると考える.