抄録
【目的】当院では,投球障害のある野球選手に対し,ミニキャンプと称した約1週間の短期入院治療を行っている。その中で,野球選手の評価として,独自に肩関節の理学所見11項目を用いており,競技復帰の目安としている。また,SAHAの提唱するゼロポジションに注目し,ゼロポジションX線所見として,単純X線を用いて意識的に最も楽な上肢挙上位における肩甲骨と上腕骨のalignmentを測定している。
今回,投球時肩痛を有し,ミニキャンプに参加した野球選手のミニキャンプ前後での理学所見およびゼロポジションX線所見の変化を検討した。
【方法】対象は,ミニキャンプ(7.0±0.9日)に参加した投球時肩痛を主訴とする48名の野球選手である。平均年齢は17.9±2.5歳,野球歴は8.9±3.0年,ポジションは投手26名,捕手3名,内野手11名,外野手8名である。
理学所見11項目は,毎日,理学療法施行前に評価した。評価内容は以下のとおりである。
1.Scapula Spine Distance(以下SSD),2.Combined Abduction Test(以下CAT),3.Horizontal Flexion Test(以下HFT),4.下垂時内旋筋力テスト(以下IR),5.下垂時外旋筋力テスト(以下ER),6.初期外転筋力テスト(以下SSP),7.Elbow Extension Test(以下EET),8.Elbow Push Test(以下EPT),9.関節Loosening test(以下Loose),10.Hyper External Rotation Test(以下HERT),11.Impingement test(以下Impingement)
理学所見は,各項目で異常所見を0点,正常所見を1点とし,理学所見11項目での点数を算出した。
ゼロポジションX線所見は,医師が入院時,退院時に測定し,以下の4Typeに分類した。
TypeA:上腕骨長軸が肩甲棘を中心とした長軸と一致するもの。
TypeB:上腕骨長軸が肩甲棘を中心とした長軸より上にあるもの。
TypeC:上腕骨長軸が肩甲棘を中心とした長軸より下にあるもの。
TypeS:上腕骨頭の同心円中心からおろした垂線が肩甲骨外縁の外に存在するもの。
当院では,理学所見11項目の点数を運動療法,投球開始の指標としており,5点未満でインナーマッスルの訓練を主体とし,5点以上でアウターマッスルの訓練を開始し,8点以上で投球を開始している。今回,5点未満の群に関して,ミニキャンプ前後での理学所見およびゼロポジションX線所見の変化について検討した。
【説明と同意】対象には本研究について,十分な説明を行い,同意を得た。
【結果】入院時,理学所見11項目の点数で,5点未満は38名,5点以上8点未満は8名,8点以上は2名であった。
5点未満の選手における理学所見11項目の平均点数は,入院時2.5点,退院時5.3点であった。
5点未満の選手における入院時の理学所見は,ER,SSP,EET,EPTで異常となる傾向があり,退院時にEPT,EETが正常化する傾向にあった。
5点未満の選手における入院時のゼロポジションX線所見は,TypeA:10名,B:1名,C:16名,S:11名であり,退院時は,TypeA:20名,B:0名,C:12名,S:6名であった。
【考察】5点未満の選手において,入院時,ER,SSP,EET,EPTで異常となる傾向がみられ,退院時にはEPT,EETが正常化する傾向にあった。EET,EPTは坐位での筋力評価で,それぞれ上腕三頭筋,前鋸筋を中心とした肩関節の複合的な筋力が評価される。EET異常例では,棘下筋の活動が低下するといった報告もなされており,インナーマッスルの動的安定化機構は特に重要である。ミニキャンプにおいて,5点未満の選手ではインナーマッスルの訓練を主体としているが,退院時,ER,SSPはEET,EPTに比べ,正常化しなかった。このことからMMTでの腱板筋力は改善しなくとも,腱板の動的安定化機構が働き,肩関節の複合的な筋力は改善することが考えられる。
また,ゼロポジションX線所見の人数は,退院時,TypeAの選手が増加した。TypeAは,上腕骨長軸が肩甲棘を中心とした長軸と一致しており,2次元ではあるが, SAHAの提唱するゼロポジジションと類似すると思われる。先行研究において,TypeBは関節不安定性が関与しており,TypeCは関節可動域の制限が見られるとされている。また,TypeSは関節の不安定性が生じており,1因子として腱板機能が関与していると推察されている。
SAHAはゼロポジションにおいて,筋電図学的に肩関節周囲筋群の筋活動が電気的平衡状態をとるとしており,退院時,TypeAの選手が増加し,特にTypeB,Sの選手で減少が見られたことから,ミニキャンプを通して,腱板機能をはじめとする肩関節周囲筋群の筋機能が改善したと考えられる。
以上より,5点未満の選手は,入院時,筋力評価で異常となる傾向があり,退院時,肩関節の複合的な筋力,肩関節周囲筋群の筋機能が改善することが示された。
【理学療法学研究としての意義】本研究の結果より,5点未満の選手における,理学所見11項目の変化の傾向が明らかとなった。