抄録
【目的】
足部アライメントの異常である外反母趾や扁平足は高齢者から幼児まで幅広い年齢層で散見され、しばしば痛みから日常生活活動の低下を伴うことがある。外反母趾は足部アーチである縦、横アーチ構造が障害されている報告から、足部評価の重要性が示唆されている。足部アーチの低下を示す偏平足は足部が内側に倒れる回内足を呈することが多く、そのため扁平足は、回内足を起こし踵骨は外反傾向になり、踵骨に停止部をもつ腹腓筋の内側頭、外側頭に異なった負荷が加わると推察される。また、理学療法評価である周径測定において下腿の周径は高齢者の身体計測指標として極めて有効である報告から、高齢者の下腿筋の状態を把握することは理学療法を行なう上で重要であると思われる。
我々は、医学部解剖学実習のために供されたご遺体を使用し、足部の外反母趾や下腿後面から起始する腹腓筋に着目し、腹腓筋の形態が足部アライメントにどのような影響を与えているのか明らかにすることを目的とした。
【方法】
藤田保健衛生大学医学部 (H21) 、医療科学部 (H20, 21) の医療系学生のための解剖学実習に供されたご遺体65体 (男性32体、女性33体) を使用し、足部の外反母趾角 (hallux valgus angle:以下HVA) を角度計により測定した (125足)。腹腓筋の内側・外側の横断面積、厚さ、幅の測定は、西田らの方法 (下腿の最大膨径部を調査した報告より下腿長の近位から26 %の部位) に従い下腿部を特定し、36足の腹腓筋の筋腹を水平断し、筋の切断面をケント紙に描写した。描写した筋腹の切断面を画像解析ソフト Image-J (1.41) にて腓腹筋の横断面積、厚さ、幅を解析した。さらに、39足の腓腹筋の長軸の長さ (踵骨から腓腹筋の内側外側の筋腱移行部まで) をメジャーにより計測した。 なお、明らかなリウマチ変形や下腿の手術痕、脛骨に金属挿入のあるご遺体等は、今回の計測から除いた。統計処理としてマンホイットニー順位和検定、スペアマン順位相関を使用し、危険率5 % 未満を有意とした。
【説明と同意】
今回の研究に使用させて頂いたご遺体は中部地区の篤志献体団体である不老会の会員で、死後藤田保健衛生大学に献体された人たちである。なお、献体における同意書の内容の一部に研究等に使用することに関して明記してあり、生前に承諾を得ている。
【結果】
この研究に使用したご遺体の年齢は 85.8 ± 8.9 歳でHVAは23.4°± 7.2°であった。また、年齢を75歳前後に分けてHVAを比較すると75歳未満はHVAが19.4°±4.9°、75歳以上はHVAが23.9±7.3であり両者の間に有意差が見られた(P<0.05)。腓腹筋内側頭と外側頭との比較は、断面積(内側頭:2.7 ± 1.7(平均 ± 標準偏差)cm2、外側頭:1.7 ± 1.0 cm2)、厚さ (内側頭:0.7 ± 0.3 cm、外側頭:0.5 ± 0.2 cm)、幅 (内側頭 3.6 ± 1.0 cm、外側頭 3.0 ± 0.9 cm) において内側頭が外側頭よりも有意に大きな値を示した (P<0.01)。しかし、これらの値の腓腹筋内側頭 / 外側頭の比とHVAとの間に有意な相関は見られなかった。 さらに、腓腹筋の筋腱移行部の高さに関しても内側頭、外側頭ともHVAとの相関関係は見られなかった。腓腹筋の内側頭と外側頭との比較において、筋腱移行部の高さは、39足中13足で腓腹筋外側頭が遠位まで達していた。
【考察】
2007年「外反母指診療ガイドライン」の基準では、HVAは20°未満を正常、20°から30°未満を軽症、30°から40°未満を中等度、40°以上を重度と外反母指を分類している。今回の結果から外反母趾を分類すると75歳未満は正常、75歳以上は軽度外反母趾と診断される。外反母指は足部アーチの低下を伴う報告や、足部アーチの維持に筋力が十分に必要であるとの報告から、我々は高齢者の筋力低下が足部アライメントの変化に影響を与えていると考え、腓腹筋の横断面積や厚さ、幅、筋腱移行部の形態的な測定を行った。その結果、外反母指の指標であるHVAと比較した計測値において有意な相関関係は見られなかった。したがって、筋の横断面積は筋出力に比例することから、腓腹筋の形態の違いや筋力は足部アライメント変化に影響を与える要因として少ないと考えられた。
なお、内側縦アーチの指標であるアーチ高率や横倉法の測定において、我々はご遺体の下肢の肢位や足関節の角度、足指の角度の違いを考慮し行なっていない。
【理学療法学研究としての意義】
足部機能は下肢、体幹に影響を与え、種々の疾患に関与している。足部アライメントに影響を与える因子を的確に捉え、評価することは障害予防や運動連鎖の改善にも重要な意義をもつと考えられる。