理学療法学Supplement
Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: P2-225
会議情報

一般演題(ポスター)
人工股関節全置換術後患者の歩行分析
術後12ヶ月間の追跡調査結果
重枝 利佳瀬ノ上 史子金井 章高橋 和彦牧田 浩行石井 慎一郎
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

【目的】
近年,人工股関節全置換術(以下,THA)後の理学療法期間の短縮化が奨励され,術後2週から4週で退院するケースが増加している.外来フォローを含めた理学療法期間は,術後150日を目安に設定され,術後に長期的なフォローアップが行われない施設も少なくない.しかしながら,THA後の理学療法の最大の関心事は人工関節を可能な限り長期的に耐久させることであり,THA患者の歩行分析を理学療法終了後も継続して行う事の意味は大きい.本研究は三次元動作分析装置を用いて,THA術後症例の歩行を12ヶ月間に渡って継続的に分析し,術後経過とともに歩行中の股関節の運動がどのように変化をしていくのかを調べることを目的とした.
【方法】
対象は,当院でTHAを施行し,本研究の趣旨に賛同の得られた患者10名10股(女性7名,男性3名,平均年齢73±5歳)とし,術後3ヶ月,6ヶ月,12ヶ月で以下に示す計測を行った.臨床的評価として,日本整形外科学会の股関節機能判定基準(以下,JOAスコア)に従い股関節の関節可動域,疼痛,日常生活動作を評価した.また,股関節周囲筋の筋力を徒手筋力検査(DanielsのManual Muscle Testing)によって調べた.歩行分析には,三次元動作解析装置VICON612(VICON PEAK社製)と床反力計(AMTI社製)を使用し,歩行速度,ストライド長,ならびに矢状面内ならびに前額面内の股関節角度,股関節モーメント,骨盤前後傾斜角度を算出した.なお,関節角度,関節モーメントの算出には歩行解析プログラミングソフトVICON PulginGAIT(VICON PEAK社製)を用いた.被験者の10回分の歩行データを最適化手法を用いて位相を合わせた後,平均値を算出し各被験者の代表データを算出した.これらのデータが術後経過とともにどう推移していくのかを術後3ヶ月の計測値を100%として被験者毎に比較を行った.
【説明と同意】
研究参加者に対し,本研究に関する主旨説明にて本研究の目的・方法を十分に説明した上で,「ヘルシンキ宣言」に基づいたインフォームド・コンセントを行い,同意書を用いて本研究への参加協力の同意を得た.なお、浦賀病院の倫理委員会にて承認済みである.
【結果】
以下に6ヶ月→12ヶ月の平均値を示す.1)JOAスコアは, 107%→110%.2)歩行速度は,150%→200%.3)屈曲角度は, 115%→140%.4)伸展角度は, 300%→14%.5)屈曲モーメントは, 120%→62%.6)伸展モーメントは, 120%→134%.7)外転角度は, 200%→200%.8)外転モーメントは, 100.2%→107%.9)内転角度は, 100%→110%,であった.また,術後12ヶ月の歩行では,術後6ヶ月と比べて,立脚後期の骨盤前傾角度が増加する傾向が全被験者に認められた.
【考察】
術後12ヶ月の計測時点で,JOAスコア,関節可動域,筋力,歩行速度,日常生活動作能力は術後順調な改善を続けていた.しかし,歩行中の股関節伸展角度,股関節屈曲モーメントは術後6ヶ月以降12ヶ月までの間で低下することが分かった.股関節が最大に伸展する時期は,立脚後期である.この区間における床反力ベクトルは支持脚股関節の後方を通るため,屈曲モーメントの発揮が必要となる.立脚後期における伸展角度が減少することで,股関節中心からのモーメントアームが短くなり,屈曲モーメントも減少したものと考えられる.股関節の関節可動域や筋力は術後経過とともに改善しているため,歩行中に何らかの原因で股関節の伸展が妨げられている可能性が考えられる.術後12ヶ月の計測で全例で骨盤の前傾角度の増加が確認されたことから、歩行スピードやストライドが伸びた結果,股関節の機能がこれらの要求に対応しきれず,骨盤の前傾により股関節を相対的屈曲位にするように代償運動を起していると考えられた.
【理学療法学研究としての意義】
これまで,THA術後症例に対して,立脚期中における前額面上の問題に焦点が当てられてきたが,本研究結果からTHA術後症例の抱える問題点として,歩行速度やストライド長の増加に対して,立脚後期の股関節伸展運動が追従していないという実態が明らかとなった.特に理学療法が終了した術後12ヶ月で,こうした問題が確認されたことは,長期成績の観点から見過ごす事のできない事実であり,今後,理学療法プログラムの立案にあたっては,股関節伸展位での股関節の動的安定性を考慮する必要性を感じた.

著者関連情報
© 2010 日本理学療法士協会
前の記事 次の記事
feedback
Top