抄録
【目的】投球動作やテニスのサーブ動作など,オーバーヘッドスポーツの選手は小円筋にスパズムがある場合が多く,運動痛や内旋制限の原因となっている.小円筋が傷害される理由は未だわかっていない.今回は肩関節最大外旋時に着目して,解剖により最大外旋したときの小円筋の形態変化を調べた.さらに表面筋電図により肩関節外旋時の小円筋活動量とレベルの異なるテニス3選手のサーブ動作における小円筋活動量を調べたので報告する.
【方法】1)解剖では熊本大学医学薬学研究部の遺体2体2肩関節を用いた.肩関節より小円筋以外の筋を除き,外旋運動ができるようにした.運動は第2肢位外旋(以下,2nd外旋)から水平内転と挙上を伴いながら外旋させ,そのときの小円筋の形態変化を観察した.2)表面筋電計MyoResearch2400(NORAXON社製)を用い,右利き男性6名平均年齢23.8±4.1歳を対象として,(1)立位で右肩2nd外旋の状態から,手部の位置を動かさずに,肩甲骨が前方突出しない程度に肘のみを前方に出させた(以下,自動外旋).そのとき水平内転角,外旋角および小円筋活動量を測定した.(2)立位で右肩2nd外旋の状態で片方を固定した二重の赤色セラバンド(長さ40cm)を弛ませずに握らせ,上肢の力を極力抜いて体幹を90°左回旋させた(以下,脱力外旋).セラバンドの位置は体幹が回旋した状態で,把持部に真後ろから水平に張力が働くようにした.回旋後の水平内転角と外旋角および小円筋活動量を測定した.小円筋活動量は0.05秒間の積分値とし,2nd外旋最大収縮時の小円筋活動量から%MVCを算出し平均値を求めた.3)テニス選手は,元国体選手38歳(以下,S級),県内Aクラス選手28歳(以下,A級),県内Bクラス選手21歳(以下,B級)の肩痛のない男性3名を対象とし,サーブを行わせた.サーブは通常の打ち方(以下,通常サーブ)で3回,できるだけ上肢の力を抜いた打ち方(以下,脱力サーブ)で3回行い,スピードガン(Decatur Electronics社製)にて球速を測定した.また小円筋活動量は,ラケットヘッドが最下点に来たとき(以下,HD期)の活動量とし,0.02秒間の積分値をとり,2nd外旋最大収縮時に対し%MVCを算出し3回の平均値を求めた.
【説明と同意】研究の目的,趣旨を十分に説明し,同意を得られた者のみを被験者とした.
【結果】1)小円筋は末梢で上下2つに分かれており,上部線維は大結節後面へ,下部線維は大結節下端部へ付着していた.2nd外旋から上腕骨を水平内転,外旋,挙上しながらゼロポジションに近づけていくと,小円筋の上部線維は緩んだままだったが,下部線維は伸張された.特に挙上角度を大きくすると伸張度合いが高まった.2)自動外旋時は水平内転30.2±12.2°,外旋119.2±11.1°で,小円筋活動は28.8±23.1%であった.脱力外旋では水平内転9.5±8.7°,外旋132.5±6.1°となり,自動外旋より水平内転が有意に小さく,外旋が有意に大きかった.小円筋活動は非常に少なく1.5±0.3%であった.3)通常サーブと脱力サーブの球速は,S級137.3±0.6km,145.0±3.0km,A級151.0±1.7km,152.7±1.2km,B級152.7±5.5km,136.0±3.0kmであり,S・A級は脱力サーブの方が速かった.通常サーブと脱力サーブのHD期の小円筋活動は,S級18.2±2.5,16.3±0.9%,A級41.4±8.2%,35.1±0.1%,B級99.7±47.4%,54.7±31.6%であった.
【考察】サーブ動作では体幹の回旋初期にHD期となる.そのとき意識的に肘から先に出すようにすると自動外旋が起こると考えられるが,今回自動外旋では小円筋活動が28.8%あった.小円筋が活動すれば,小円筋下部線維は収縮しながら伸張されることになり傷害される危険性がある.セラバンドによる脱力外旋では小円筋活動はほとんどなく外旋角度も自動外旋より大きかった.したがって,体幹回旋時に小円筋活動がなくてもラケットの慣性により肩は十分外旋すると考えられ,小円筋の脱力は傷害を防ぐこと,球速を上げることの両方に有利である.球速の測定では,通常サーブでB級が最も速かったが,脱力サーブではS・A級は球速が上がり,B級は球速が大きく下がった.これはB級のサーブに手打ちの要素が大きいことを示唆しており,B級の筋活動の大きさからもいえる.脱力サーブで球速が下がる場合は,サーブ動作について小円筋傷害を防ぐために下肢からの運動連鎖を見直すよう指導すべきと考える.
【理学療法学研究としての意義】オーバーヘッド動作における小円筋の傷害は多いが,未だ原因や予防法がわかっていない.今回は肩最大外旋時に着目し,小円筋が活動すれば,小円筋下部線維が遠心性収縮を強制され傷害の危険性があることを報告した.今後,最大外旋時以外の時期についても調べる必要があるが,今回は小円筋傷害究明の第一歩を踏み出したことに意義がある.