理学療法学Supplement
Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: P3-122
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一般演題(ポスター)
肩関節疾患を有する患者の肩関節外転の運動学的分析
健常人の肩関節外転運動との比較
羽田 清貴辛嶋 良介奥村 晃司杉木 知武徳田 一貫近藤 征治阿南 雅也佐々木 誠人
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抄録
【目的】肩関節の運動は,構造的特徴により協調的な働きが求められる.肩関節疾患の多くはその協調的な動きに破綻が生じ,挙上動作や空間上における上肢制御能力が困難であることを臨床上よく経験する.そこで,本研究では肩関節疾患における肩関節外転運動の運動学的特徴を捉えるために,瞬間回転中心の軌跡と肩甲骨の可動性を健常人と比較し検討することを目的とする.

【方法】被検者は肩関節に著明な拘縮や疼痛のない肩関節疾患患者20名20肩(平均年齢62±9.1歳)(以下,肩疾患群)と,肩関節に既往がない健常成人30名30肩(平均年齢26±4.2歳)(以下,健常群)であった.肩疾患群の内訳は肩腱板断裂9名,肩関節周囲炎9名,肩インピンジメント症候群2名であった.測定肢位は椅坐位,座面の高さは下腿長,座る奥行きは大腿の1/2が座面の先端にくる位置とし,股関節・膝関節屈曲90°,足関節底背屈0°となるように設定した.課題運動は上肢下垂位から肩関節最大外転位までの肩関節外転運動とし,両端にマーカーが貼付された長さ32cmの棒を第2~4指で把持したまま運動を行った.前方よりデジタルビデオカメラにて撮影し,画像解析ソフトImage-J(NIH社製)にて標点座標を算出し,30°毎の瞬間中心座標及び最大外転角度を計測した.また,肩甲骨の可動性はTh3棘突起から肩峰後角,Th3棘突起から肩甲棘三角,Th7棘突起から肩甲骨下角までの距離を上肢下垂位及び肩関節最大外転位で計測し,肩疾患群と健常群とで比較・検討した.

【説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に基づき,被検者に本研究の趣旨を十分説明し,同意を得て施行した.また,当院の倫理委員会の審査の承認を得て実施した.

【結果】肩関節最大外転角度は健常群171.5±9.1°,肩疾患群149.6±23.9°であり,有意差が見られ肩疾患群は可動域の低下が見られた.上肢下垂位での肩甲骨のアライメントでは,Th3棘突起から肩峰後角までの距離において有意差が見られ,肩疾患群は健常群に比較して距離が短かった.また,最大外転位での肩甲骨のアライメントでは,Th3棘突起から肩甲棘三角及び肩峰後角までの距離において有意差が見られ,肩疾患群は健常群に比較して距離が短かった.更に,肩甲骨の移動距離ではTh3棘突起から肩甲棘三角の移動距離おいて有意差が見られ,肩疾患群は健常群に比較して移動距離が短かった.瞬間回転中心は健常群では肩甲上腕関節を中心として肩甲帯へと移動しているのに対し,肩疾患群では肩甲上腕関節付近に瞬間回転中心が収束するとともに,肩甲上腕関節に対して上外側に変位する傾向にあった.

【考察】諸家らの肩関節における瞬間回転中心の研究の報告では,単純X線像等を使用し,上腕骨頭中心と瞬間中心との関係や挙上動作において瞬間回転中心がどこに位置するか等の研究が行われており,肩甲上腕関節の運動学的特徴の分析に有用であると考えられる.今回の結果から,肩疾患群の瞬間回転中心の軌跡が肩甲上腕関節付近に収束していることから,単一関節のみの運動であり肩甲上腕関節への負担が増大していることが示唆される.肩疾患群の上肢下垂位の肩甲骨のアライメントにおいて,Th3棘突起から肩峰後角までの距離に有意差が見られたことは,健常群に比べ肩甲骨が内転あるいは下方回旋位であることが示唆される.それは肩甲上腕関節では外転位となり,棘上筋の起始と停止の距離が短くなるため,筋張力の低下によるsetting phaseの消失につながることが考えられる.また,肩疾患群の最大外転位での肩甲骨のアライメントでは,Th3棘突起から肩甲棘三角及び肩峰後角までの距離に有意差が見られたことや,肩甲骨の移動距離ではTh3棘突起から肩甲棘三角の移動距離おいて有意差が見られたことから,肩甲骨の可動性の低下が示唆される.これは,肩甲上腕関節に病態が存在しているにも関わらず,肩関節複合体として協調的で合理的な運動の破綻が,補償作用として罹患関節を過度に使用せざるを得ない状態になっており,それは病態や症状の増悪につながることが推察される.

【理学療法学研究としての意義】本研究は臨床において肩関節疾患患者の運動学的な特徴を捉え,病態や症状発生につながる力学的ストレスの原因を明らかにするための評価指標になるとともに,理学療法のアプローチ方法の一助になると示唆される.また,簡易的であり,患者負担の面や時間的・経済的な面からも有用であると考える.今後は,瞬間回転中心や肩甲骨の動きと評価機器を用いて筋機能の関係について詳細に検討していく必要があると考える.
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© 2010 日本理学療法士協会
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