抄録
【目的】ボート選手の障害はローイング動作時に生じることが多く、障害部位は腰部が最も多いという報告がなされている。しかし、腰部障害が生じる要因について調査をしている研究は少ない。様々なスポーツにおいて、腰痛疾患を有する選手は体幹下部の過剰運動と同時に股関節可動性が低下している例が多いとの報告があり、今回はボート選手の脊柱・股関節の可動性に着目し、腰痛を有する選手の特徴を調べる。静止立位から前後屈運動を行う際に生じる脊柱・股関節の角度変化を計測し、腰痛無群・有群間で比較検討する。
【方法】対象は本研究に同意を得た女子高校ボート部員の漕手15名である。アンケートにより、ローイング動作での腰痛の有無について調査した。アンケートの回答数は15名(回収率100%)で、腰痛無群は7名(47%)、腰痛有群は8名(53%)であった。計測出来なかったものを除き、前屈動作は腰痛無群6名・腰痛有群4名、後屈動作では腰痛無群7名・腰痛有群5名であった。次に、立位姿勢、前屈運動、後屈運動をSONY HANDYCAM HDR-HC7を用いて計測した。立位姿勢にて基準線を設け、それぞれTh12の棘突起と上後腸骨棘を結んだラインを腰椎軸、上前腸骨棘と上後腸骨棘を結んだラインを骨盤軸、大腿骨大転子と外側上顆を結んだラインの延長線を大腿軸とした。前屈運動では、立位姿勢と最大前屈位にて1)腰椎屈曲角度2)股関節屈曲角度を計測した。1)では骨盤軸を基本軸、腰椎軸を移動軸とし、2)では大腿軸を基本軸、骨盤軸を移動軸として屈曲可動範囲を計測した。後屈運動では、C7から上後腸骨棘を結んだラインを胸腰椎軸とし、前屈運動と同様に骨盤軸、大腿軸を用いた。後屈運動では、立位姿勢と最大後屈位にて3)胸腰椎伸展角度4)股関節伸展角度を計測した。3)では骨盤軸を基本軸、腰椎軸を移動軸とし、4)では大腿軸を基本軸、骨盤軸を移動軸として伸展可動範囲を計測した。前屈運動では上肢を自然下垂させ、後屈運動では上肢を胸の前で交差させることを条件とした。計測で得られた値より、前屈運動での5)腰椎屈曲角度と股関節屈曲角度の和(以下、前屈角度合計)6)前屈角度合計に対する腰椎屈曲角度の割合(以下、腰椎屈曲率)、後屈運動での7)胸腰椎伸展角度と股関節伸展角度の和(以下、伸展角度合計)8)後屈角度合計に対する胸腰椎伸展角度の割合(以下、胸腰椎屈曲率)を算出した。前後屈運動共に3回ずつ行ない、2・3回目の平均値を用い、腰痛無群・有群間で統計学的に比較検討した。検定は10%水準を有意とするマン・ホイトニーの検定を用いた。
【説明と同意】研究の実施にあたって、対象者に対し十分に説明を行い、書面にて同意を得た。
【結果】前屈運動では、1)腰椎屈曲角度は腰痛無群42.8±8.0°、有群44.5±5.1°2)股関節屈曲角度は腰痛無群65.4±8.0°、有群64.9±8.6°5)前屈角度合計は腰痛無群108.2±8.8°、有群109.4±7.5°6)腰椎屈曲率は腰痛無群39.4±6.8%、有群40.8±5.2%であった。後屈運動では、3)胸腰椎伸展角度は腰痛無群33.4±11.3°、有群30.9±15.6°4)股関節伸展角度は、腰痛無群19.1±6.2°、有群14.5±2.7°7)伸展角度合計は腰痛無群52.6±12.4°、有群45.4±14.8°8)胸腰椎伸展率は腰痛無群63.3±10.4%、有群65.5±11.6%であった。すべての結果において有意差を認めなかった。前屈動作での腰椎と股関節の可動性は、腰痛有群と無群間でほぼ同様であった。後屈動作では、有意差は認められなかったが、腰痛有群で胸腰椎・股関節共に伸展角度が低下する傾向が見られた。
【考察】全ての結果で有意差が認められなかった要因として、A)ボート競技においては腰痛と脊柱・股関節可動性に関連が無い場合B)個人差が大きい場合C)計測方法に問題がある場合が考えられる。A)では、股関節の可動性低下による体幹下部の過剰運動が、必ずしも腰痛の要因ではないと考えられる。B)として、前屈・後屈運動共に標準偏差が大きく、これは個人差が大きいことを示している。腰部障害が生じる要因は、漕手によって異なる可能性があると考えられる。C)として、計測方法では、被験者数が少ないことや運動条件が不十分であることが問題として挙げられる。今後、計測方法を再考した上で、さらに検討していく必要がある。
【理学療法学研究としての意義】理学療法士の知識・技術はスポーツの世界でも必要とされる。本研究では腰部障害の多いボート競技に着目した。腰痛を有する漕手の特徴を捉えることで、腰痛予防策を提案することが出来ると考える。腰痛予防により、ボート競技におけるパフォーマンス向上が期待できる。