抄録
【目的】
日常の呼吸器診療では,動脈血液ガス分析より動脈血酸素分圧(PaO2)を測定し,肺胞気-動脈血酸素分圧(AaDO2)を算出して診断と治療に役立てている.AaDO2は肺胞気酸素分圧(PAO2)からPaO2を引いたもので,肺におけるガス交換のロスを表している.この際PAO2は肺胞気式(PAO2 = 150 – PaCO2/R , R:呼吸商,PaCO2:動脈血二酸化炭素分圧)より算出している.一般的に呼吸商は安静時の予測値を使用し,PaCO2の測定には採血が必要なため運動中は測定が困難である.運動中のPAO2に関する報告も散見されるが,その動態や影響する因子に関する報告は少ない.そこで今回は呼気ガス分析よりPAO2を算出し,運動中の変化と関連因子について検討することを目的とした.
【方法】
健常若年者11名(年齢20.1±0.7歳)を対象とした.3分間の安静の後,エルゴメータを用いて1分間に20Wのランプ負荷にて運動負荷試験を実施した.その間呼気ガス分析,経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2),心拍数を測定した.呼気ガス分析は携帯型呼気ガス代謝モニター(MetaMax3B,Cortex社)を用いて,酸素摂取量(VO2),分時換気量(VE),死腔量(VD),1回換気量(VT),呼気終末酸素分圧(PETO2)をbreath by breathで測定した.SpO2はパルスオキシメータ(Pulsox M24,帝人)を用いて測定した.運動の中止基準は,最大心拍数の85%,SpO2<90%,自覚症状,回転数の維持(50-60/rpm)が困難な場合などとした.PAO2はいくつかの呼吸生理の式を整理して作成した式 PAO2=150-0.863×VO2/VE(1-VD/VT)を用いて算出した.解析はPAO2の経時変化およびPAO2と各測定項目との相関分析を行った.またPAO2とPETO2との比較は対応のあるt検定を用いた.いずれも有意水準は5%未満とした.
【説明と同意】
ヘルシンキ宣言に基づいて,被験者に対して事前に研究の目的,方法,リスク等について説明し,同意を得てから研究を実施した.
【結果】
PAO2は運動開始後低下するが,AT付近より上昇する傾向を示した.SpO2は運動後徐々に低下した.PAO2は,VE(r=0.434, p<0.01) ,VO2(r=0.260, p<0.05) ,HR(r=0.319, p<0.05)とは弱い正の相関を認めたが,VD/VT,SpO2とは相関を認めなかった.一方,換気効率の指標であるVE/VO2とは強い相関(r= 0.864, p<0.01)を認めた.PAO2とPETO2は非常に強い相関(r= 0.937, p<0.01)を認めたが,PAO2はPETO2より平均で約3Torr高かく,有意差を認めた(p<0.01).
【考察】
PAO2はAT付近までは低下し,その後は上昇する傾向が見られた.一方SpO2は緩やかであるが低下傾向を示した.SpO2はPaO2を反映していることから,運動後半にはAaDO2が開大していると考えられ,ガス交換のロスが生じているものと思われた.また,PAO2はVE/VO2と強い相関を認めたことから,前半は換気効率の改善のために低下し,AT以降は乳酸アシドーシスの代償に伴う過換気によって上昇しているものと思われた.VE/VO2が高いほど換気効率は悪いことを意味するため,VE/VO2が高い呼吸器循環器疾患ではPAO2は高値を示すことが予測された.PAO2の測定精度について,PETO2はPAO2を近似できるとされているが,PAO2を直接測定しているわけではない.一方,肺胞気式は定状状態を条件としているため,今回用いたPAO2の式も完全なものではない.しかし,両者は非常に強い相関を示しているため,いずれもPAO2を反映しているものと考えられた.
【理学療法学研究としての意義】
PAO2はPaO2の上流に位置する酸素供給の根幹部分である.この部分の運動中の動態や関連因子を明らかにすることは,呼吸循環器疾患など酸素供給障害が運動を制限している疾患の治療に有用と考える.