抄録
【目的】
急性呼吸不全症例や寝たきり状態で喀出困難な高齢患者に腹臥位をとらせることで、下側肺障害(dependent lung injury)を改善できると言われている。腹臥位をとることにより中枢気道へ移動した分泌物を喀出するには咳嗽が必要であり、十分な吸気量と呼気流速が重要である。しかし、腹臥位での肺活量の報告は健常若年成人のみであり、高齢者を対象とした報告はない。また、呼吸筋力、咳嗽力の報告は対象者が若年成人のみであり、腹臥位で計測した報告は若年成人、高齢者ともにない。本研究の目的は、腹臥位の呼吸機能を計測し、背臥位、座位と比較すること、および高齢者の腹臥位の呼吸機能の特徴を明らかにすることである。
【方法】
対象は、20歳代の若年成人20名(男性10名、女性10名、平均年齢22.1±1.9歳)、65歳以上の地域在住高齢者16名(男性7名、女性9名、平均年齢71.3±4.6歳)である。除外基準として、高血圧、不整脈、心不全などの既往があり医師から運動を制限されている人、高度の円背や腰痛により計測中に継続して腹臥位保持が困難な人、胸郭変形のみられる人とした。計測は背臥位、腹臥位、座位の体位でマルチファンクショナルスパイロメータHI-801(Chest社製)を使用し、呼吸機能として努力性肺活量(forced vital capacity、以下FVC)、1秒量(forced expiratory volume in one second、以下FEV1)、呼吸筋力の指標として最大吸気口腔内圧(maximal inspiratory pressure、以下PImax)と最大呼気口腔内圧(maximal expiratory pressure、以下PEmax)、咳の最大呼気流速(peak cough flow、以下PCF)を計測した。各体位で呼吸機能計測を3回実施し、最大値を採用した。疲労が影響しないように3回の計測の間及び体位変換時に休憩をとり、体位変換後は心肺機能が安定するまで5分間の安静時間を設けた。体位の順番はランダムとした。統計処理は、体位による差の検定は分散分析、若年者と高齢者の差の検定はt検定を行った。有意水準は5%とした。
【説明と同意】
本研究は山形県立保健医療大学倫理委員会で承認を得て実施した。対象者には事前に文章と口頭にて研究目的、方法を十分に説明し、文書で同意を得た。
【結果】
若年者の%FVCは座位101.7±10.5、背臥位99.4±11.3、腹臥位92.9±7.8で座位と腹臥位の間に有意差がみられた。また、%FEV1は座位99.3±9.8、背臥位94.1±10.6、腹臥位89.2±8.1で座位と腹臥位の間に有意差がみられた。PCFは座位427.7±122.2L/min、背臥位414.8±107.0L/min、腹臥位409.7±103.8L/minで体位による差はみられなかった。高齢者の%FVCは座位87.8±13.0、背臥位84.3±13.3、腹臥位82.3±13.2、%FEV1は座位111.5±23.2、背臥位104.7±19.5、腹臥位102.6±18.2、PCFは座位321.0±98.2L/min、背臥位307.8±103.8L/min、腹臥位329.4±113.3L/minで体位による差はみられなかった。若年者、高齢者ともに%PImax、%PEmaxでは体位による差はみられなかった。若年者と高齢者間で、%FVCとPCFは背臥位、腹臥位、座位の全ての体位で有意差がみられ、%FEV1は背臥位、腹臥位の体位で有意差がみられた。%PImax、%PEmaxともに差はみられなかった。
【考察】
若年者の呼吸機能は%FVC、%FEV1で座位よりも腹臥位で有意に小さかった。また、背臥位と腹臥位では呼吸機能に有意な差がみられなかったことから、若年者では座位から臥位になることで腹部臓器の影響や胸郭拡張が制限されることなどから呼吸機能に影響があることが示された。一方、高齢者の呼吸機能は全ての指標で腹臥位を含め体位による影響がみられなかった。これは今回の対象者は通常の計測体位である座位においても%FVCが87.8±13.0と低値を示しており、加齢および軽度の円背や変形による胸郭の可動性や拡張性の低下があり、臥位になることの影響が少なかったと考えられた。今回の計測では脊柱の形状は継続した腹臥位保持の可否のみで評価しており、今後はより詳細な脊柱の評価が必要と考える。また、神経疾患においてPCFが270L/min以下で上気道感染時に分泌物の喀出不全となり、160L/min以下で日常的に分泌物の喀出不全となるといわれているが、高齢者の中にはPCFの値が270L/min以下の人が座位で5名、背臥位で7名、腹臥位で6名いた。本研究では高齢者の対象者が16名と少ないため、今後さらに症例数を増やし検討する必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は高齢者の呼吸機能(FVC、呼吸筋力、咳嗽力)に対する腹臥位を含めた体位の影響に関する基礎資料を提供するものであり、今後、高齢者の呼吸機能の改善、臨床での有効な咳嗽体位など呼吸理学療法の発展に寄与するものと考えられる。