抄録
【目的】・【方法】高齢化社会を迎え大腿骨近位部骨折をはじめ骨粗鬆症を基盤とした骨折は増加傾向となってきている。高齢者が多く受傷する本骨折は既に合併症を伴っての入院となる症例が多い。入院中の死亡原因となる合併症としては肺炎が最も多いと報告されており、重症度によっては観血的治療を不可能にさせる。また肺炎は最も多い術後合併症としても知られている。今回、大腿骨近位部骨折受傷後、肺炎・痰づまりによる無気肺を合併した症例への呼吸理学療法を経験した。本症例の経過の中で効率的な排痰を行う為には何が必要かを考察したので報告する。
【症例】75歳女性。身長154cm。体重42kg。BMI17.71。認知機能問題なし。既往歴:胃癌(胃全摘9年前)、うっ血性心不全(1年前)。家族構成:夫、娘家族と5人暮らし。受傷前レベル:主婦業自立。
【説明と同意】本症例には、症例報告させていただく主旨を充分に説明し同意を得た。
【結果(経過)】自宅ベランダにてふらつき転倒。左大腿部疼痛及び歩行困難、当院救急搬送。左大腿骨転子部骨折の診断で観血的治療目的入院。介達牽引3kg 開始したが胸部レントゲン上、肺炎を合併。抗生剤、酸素投与2L開始。当院、大腿骨転子部骨折に対するクリニカルパスに乗っ取り、リスク管理に留意しながらベッドサイドで健側下肢の廃用防止と血栓防止等の術前リハビリテーション(以下リハ)開始。しかし第1病日強い呼吸苦出現。SpO281%、血液ガス分析(酸素投与2L)PaO240.3mmHg、PaCO238.9mmHgと高度低酸素血症を認めた。胸部レントゲン上、右中下葉無気肺の合併。手術延期。整形外科主治医が呼吸器内科にコンサルト。高流量系による酸素投与・抗生剤を含む補液・吸入薬・排痰を中心とした呼吸理学療法を指示。呼吸器内科医師より担当理学療法士がコールされ、短期目標を肺炎・無気肺改善として、即刻、排痰を中心とした呼吸理学療法を開始。吸入薬投与後、無気肺部へ徒手的呼吸介助法及び徒手的咳嗽介助で排痰を促進させた。容易に痰を中枢気道へ誘導でき咳が誘発された。しかし痰多量。自己排痰困難。その場で呼吸器内科医師が痰を吸引し排痰をサポート。以後、看護師に吸引担当を変え1日2~3回(必要に応じて適宜)計5日実施。尚、酸素投与量はSpO2>90%保持しつつ段階的に減らした。第6病日CRP10.03mg/dl。第7病日CRP4.66 mg/dl。第8病日排痰なし。右中下葉領域の含気及び酸素化能改善。無気肺改善(短期目標達成)。呼吸理学療法及び酸素投与終了。リハは廃用・血栓防止を継続。第9病日摂食訓練開始。第11病日CRP0.56mg/dl。血液ガス分析(Room Air)PaO292.5mmHg、PaCO239.2mmHgと著明に改善し抗生剤終了。第13病日観血的治療Gamma Nailを無事施行。術後1日リハ再開。術後27日T字杖歩行及びADL自立し自宅退院の運びとなった。
【考察】本症例は大腿骨転子部骨折に肺炎から無気肺を合併し術前に全身管理を要した。肺炎・無気肺に対し酸素投与、抗生剤を含む補液・吸入薬・排痰を中心とした呼吸理学療法を実施した。
徒手的呼吸介助法やsqueezingといった専門的排痰法は排痰及び無気肺の改善、換気改善による酸素化能改善に有効とされているが、通常、右中下葉と広範囲な無気肺では医師による気管支鏡下喀痰吸引の様な侵襲的処置の適応がある。今回、本症例への吸入薬後に行った無気肺部への徒手的呼吸介助法に加えた徒手的咳嗽介助、更に医師・看護師による適切なタイミング下での吸引は効率的な排痰を実施する上で相乗的に有効であったと考えられる。結果、気管支鏡下喀痰吸引といった侵襲的処置を行うことなく排痰が促進され、無気肺状態から含気を取り戻し、それとともに肺炎は鎮静化した。我々は専門的排痰法の有用性を改めて再認識した。無事、観血的治療を実施。術後リハを行いT字杖歩行及びADL自立確保し、術後27日に自宅退院の運びとなった症例であり、理学療法士の介入が非常に有効であったと思われる。
今後ますます高齢化が進む中、大腿骨近位部骨折増加とともに呼吸器合併症を有する症例も増加することが予想される。我々理学療法士は今後も医師・看護師とともに密接に連携をとり、呼吸理学療法を含めたよりきめ細やかでトータルなアプローチができる知識と技術が求められる。
【理学療法学研究としての意義】排痰に伴う吸引は医師又は看護師が施行するが、臨床では今回の様に医師・看護師が呼吸理学療法実施時に必ずしも常駐するとは限らず、吸引タイミングにタイムラグを生じる場面に遭遇することが多々ある。また常駐はマンパワー不足や診療報酬面からも困難である。呼吸理学療法実施者である理学療法士による吸引行為が法的に可能となることが望ましいと考えられる。その為にも我々は今後も症例報告・研究の積み重ねが大切であると考えた。