抄録
【目的】バランスエクササイズは転倒の予防に有効である(Hu et al,1999).先行研究においてエクササイズは週2~3回,8~12週以上実施した場合にバランス能力の効果を認める者が多いとの報告があるが(望月,2008),対象の運動機能の程度やバランスの検査方法の違いによってもバランスエクササイズの効果が異なることが報告されている(島田ら,2001).今回は,バランス能力および移動歩行能力の低下により転倒リスクが高いとされる運動器不安定症を有する高齢者にバランスエクササイズを実施し,検査方法が異なるバランス評価の改善にそれぞれどの程度の期間が必要かを調査した.
【方法】対象は運動器不安定症の基準を満たす75歳以上(平均年齢81.4±4.1歳)の高齢者40名(男性11名,女性29名)とした.対象をバランスディスク(DISCOSIT,Gymnic:Co.ITA)を用いてバランスエクササイズを実施した20名(介入群)と実施しない20名(非介入群)に無作為に分けた.バランスエクササイズはバランスディスク(以下ディスク)上で実施し,安静立位をとるもの(1分),安静立位から上肢の挙上を繰り返すもの(20回),両上肢を組み体幹を回旋させるもの(10往復),安静立位から膝関節を屈伸させるもの(20回),重心を前後へ移動させるもの(10往復),その場で左右へ重心を移すもの(10往復)の6種類を7分間で行うものとし,理学療法士の指導で週に2回実施した.効果判定はfunctional reach(FR),timed up and go test(TUG),one leg standing time(OLS) とした.検査は介入開始前(0W),開始4週間後(4W),8週間後(8W)に実施した.各群におけるFR,TUG,OLSの0W,4W,8Wの比較には一元配置分散分析を,介入群と非介入群の改善率の比較には対応のないt検定を用い,危険率5%未満を有意とした.
【説明と同意】対象にはあらかじめ本研究の趣旨,および測定時のリスクを十分に説明したうえで同意を得た.また本研究は,医療法人エム・エム会マッターホルンリハビリテーション病院倫理委員会の承認を得て行った(承認番号MRH09028).
【結果】介入群における評価項目の変化は,FRは0W,4W,8Wでそれぞれ17.4±5.6,20.0±5.3,22.3±5.5cmとなり,0Wと8Wの間で差を認めた(p<0.01).TUGは0W,4W,8Wで12.7±3.6,11.7±3.3,10.3±3.2秒となり,0Wと8Wで有意な差を認めた(p<0.05).OLSは0W,4W,8Wで3.2±3.2,5.5±5.5,10.4±15.1秒となり,0Wと8Wで有意な差を認めた(p<0.05).非介入群におけるFRは0W,4W,8Wで17.1±4.7,17.7±4.5,17.6±3.8cm,TUGは12.0±3.7,11.8±3.5,11.8±3.2秒,OLSは4.7±3.5,4.8±3.3,4.4±3.3秒でそれぞれ期間内に変化を認めなかった.介入群と非介入群のFRの改善率は4Wでそれぞれ26.5±1.2,5.2±1.8%,8Wで33.2±22.3,6.0±17.7%となり介入群で4W,8Wともに改善率が高かった(p<0.01).同様に,TUGの改善率は4Wで6.4±14.9,0.8±12.6%,8Wは18.3±13.2,0.8±12.1%となり8Wの改善率が介入群で高かった(p<0.01).OLSの改善率は4Wで12.8±19.5,2.1±5.4%,8Wは27.4±40.1,0.9±4.9%となり4W(p<0.05)と8W(p<0.01)の改善率が介入群で高かった.
【考察】本研究のバランスエクササイズは,運動器不安定症を有する虚弱高齢者に7分間,週に2回,8週間の頻度でFR,TUG,OLSの改善につながった.経時的な変化では,FRとOLSは4Wで改善が認められたが,TUGの改善には8Wを要した.4Wで改善が認められたFRやOLSは立位支持基底面内のバランス能力で(対馬ら,2004),TUGはFRやOLSよりも歩行能力との関連が強いバランス能力である(藤田ら,2004).このことから,高齢者のバランスエクササイズでは,まずFRやOLSなどの支持基底面内のバランス能力が向上し,その後歩行能力に関与が大きいTUGが改善していくかもしれない.
【理学療法研究としての意義】バランスディスクを用いたバランスエクササイズはバランス能力や移動能力の低下により転倒リスクが高いとされる高齢者において4週間でFR,OLS,8週間でTUGを改善させることが確認できた.バランス評価の特性によって改善する時期が異なることから,運動器不安定症を有する高齢者の効果的なエクササイズを実施するためには計画的なプログラム作成が必要であることが考えられた.