抄録
【目的】近年,家庭や職場においてVisual Display Terminals(以下VDT)機器を使用したVDT作業を行う者が増加している.視覚系,精神神経系,筋骨格系の症状を示すVDT症候群患者が増加しているが,原因は作業の環境や方法と考えられている.厚生労働省より2002年に「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン」が示されており,その中の作業時間管理基準で1連続作業時間が1時間を越えないこと,その作業時間内で1~2回程度の小休止を設けることが推奨されている.作業時間に関して,視覚系の症状に関する文献は多いものの,頚部などの筋骨格系症状に関する具体的な休止時間を示した文献は少ない.そこで我々は連続したVDT作業時の頚部筋活動に着目し,作業休止時間を検討することを目的とし研究を行い,若干の知見を得たので報告をする.
【方法】対象は頚部疾患のない健常男性16名であった(平均年齢28.8±5.4歳,平均身長171.0±4.9cm,平均体重62.5±4.1kg).作業環境は「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン」に準じて設定を行なった.作業にはノート型パソコンを使用し,ワープロソフト(Microsoft Office Word2003)で作成された英文の模擬文書の「E」と「e」を「5」に書き換える作業を30分間行なわせ,右上肢のタイピング作業量が多くなるように設定した.その作業前後に最大努力下での肩甲帯挙上と安静座位より頚部を自動屈曲し,完全屈曲位で3秒間の姿勢保持を行い,作業開始後10分ごとの10秒間の筋活動を記録した.表面筋電図はNoraxon社製Myosystem1200を用い,頚部の左右脊柱起立筋と左右僧帽筋上部線維に電極を設置した.分析は作業前後の安静時と屈曲保持時の平均振幅を比較し,頚部Flexion Relaxation Phenomenon(以下FRP)出現の有無を確認した.FRPの定義は,安静時と比較して屈曲保持時の平均振幅が低値を示した場合にFRP出現とした.次に,作業中10分ごとの平均振幅を平均し,作業中の筋活動を検討し,疲労の評価として作業前後の中間周波数の分析を行なった.統計学的分析にはStatcelを用いてt検定を行い,有意水準を5%未満とした.
【説明と同意】本研究は,社会医療法人石州会六日市病院の倫理委員会の承認を得て,被験者には研究の意義,目的について十分に説明し,同意を得た上で実験を行った.
【結果】作業前の左右脊柱起立筋は共に12名にFRPが出現したが,作業開始30分後は右脊柱起立筋が2名,左脊柱起立筋で6名とFRPの出現数が減少した.安静時と屈曲保持時の平均振幅は作業前で右側が5.1±1.4μV,4.7±1.8μV,左側が5.6±1.6μV,4.9±1.8μVと屈曲保持時の筋活動が低い傾向を示し, 30分後は右側が4.3±1.3μV,5.9±2.2μV,左側が4.7±1.5μV,5.1±1.7μVで屈曲保持時の右側脊柱起立筋の筋活動が有意に高かった(p<0.05).作業中の筋活動は,同側の脊柱起立筋,僧帽筋上部線維の筋活動については経時的な変化は認められなかった.左右の比較では脊柱起立筋の右側が12.0±3.2μV,左側が11.7±3.5μVで左右差は認められなかった.僧帽筋上部線維の筋活動は,右側が33.2±23.2μV,左側が18.6±17.4μVと右側で有意に高値を示した(p<0.05).中間周波数については,作業前と30分後の右側僧帽筋上部線維が77.1±5.6μV,75.3±6.5μVで30分後が有意に低値を示した(p<0.05).左側は78.1±7.2μV,76.0±6.5μVで変化は認められなかった.
【考察】作業前と比較して作業開始30分後の特に右側頚部脊柱起立筋においてFRPが出現しにくくなった原因として,今回の作業では右上肢の作業量を多く設定したため,右側僧帽筋上部線維の筋活動が持続し,疲労につながった事が考えられる.頚部最大屈曲位では,脊柱後面の軟部組織の支持により筋活動はほとんど必要ないと考えられるが,連続作業により頚部脊柱起立筋のFRPが出現しにくくなった事は,僧帽筋上部線維の疲労により頚部のリラクゼーションが困難になったのではないかと思われる.今回の研究は作業開始30分後の頚部リラクゼーションを検討したが,少なくとも30分以内に小休止を取る必要性がある事が示唆された.今後はより具体的な指導の確立のために,30分以内の作業における詳細な検討も必要であると考えられる.
【理学療法学研究としての意義】本研究で得られた結果は,産業保健の観点から理学療法士がVDT作業従事者に対して,作業時間による頚部への影響を考慮した指導を行なう時の一助となると思われる.