抄録
【目的】
近年,骨盤の前後傾を制御するひとつの筋として,腰部多裂筋(以下,LM)の重要性が数多く報告されている.しかし先行研究でのLMのエクササイズは,難易度が高いものや負荷の大きいものが多い.さらに,その多くは骨盤傾斜角度や筋力条件,脊柱起立筋と腰部多裂筋の相互関係についての詳細な報告は少ない.そこで本研究の目的は,超音波画像と表面筋電図を用い,3つの異なる骨盤傾斜角度と,強度の異なる筋力条件での背筋群の活動を分析し,LMが活動しやすい条件を検討することとした.
【方法】
対象は腰痛の既往のない健常成人男性10名とした.平均年齢(標準偏差)は26.0(22-34)歳,身長171.0(3.1)cmと体重60.4(4.2)kgであった.
測定課題は,脊柱起立筋とLMの機能のひとつである仙骨前屈運動を伴う骨盤前傾方向への静止性収縮とした.測定肢位は,ベッド上腹臥位にて,ASISより遠位の下肢をベッドから出し,股関節・膝関節は90度屈曲位とした.次に仙骨尖背面にハンドヘルドダイナモメーター(以下,HDD)を置き,その上に骨盤前傾固定装置で固定した.異なる強度の筋力条件として,最大努力にて課題を実施時のHHDの圧を100%とし,それを基準に安静,10,25,50,75%になるように圧を調整させた.各課題2セット実施した.骨盤肢位は,骨盤中間位,軽度前傾位,軽度後傾位とした.
測定方法は,超音波画像診断装置(ALOKA社製SSD-5500)にて左LMの筋厚を測定し,各骨盤肢位での安静との変化率を求めた.同時に,右側の背筋群は筋電計(日本光電社製Neuropack MEB-2200)を用い,右胸部脊柱起立筋(以下,TES),右腰部脊柱起立筋(以下,LES),右のLMの積分値(以下,IEMG)を求め,中間位の100%の強度で得られたIEMGを基準に正規化し,%IEMGとした.
統計処理は,筋厚の変化率と%IEMGを従属変数とし,それぞれ骨盤肢位と強度を2要因とした反復測定による二元配置分散分析の後,Games-Howellの多重比較を行った.さらに,強度と筋活動の関連性を確認するため,Pearsonの相関係数と寄与率を求めた.なお,有意水準は5%とした.すべての解析には,統計ソフトSPSS ver17.0Jを用いた.
【説明と同意】
すべての対象に研究の主旨と方法を十分に説明し,書面にて承諾を得た後,測定した.本研究は,東京都リハビリテーション病院研究安全倫理委員会および,首都大学東京荒川キャンパス研究安全倫理委員会(承認番号08071)の承認を得て,実施した.
【結果】
筋厚の変化率に関して,強度に主効果を認め,多重比較検定の結果,軽度前傾位では安静に対し10,25%の強度では有意な差はなく,50%から有意に増大した.一方,中間位と軽度後傾位では,安静に対しすべての強度で有意に増大した.さらに中間位では,10%に対し,75,100%で有意に増大した.
%IEMGの結果,TESの中間位では,10%に対し,75,100%で有意に増大した.LMの中間位では,10%対し,100%で有意に高い値を示した.中間位における強度と%IEMGの相関係数は,TES,LES,LMの順に0.84,0.79,0.62であり,寄与率は0.70,0.62,0.39であった.LMの骨盤肢位の比較では,軽度前傾位に対し,中間位と軽度後傾位で有意に高い値を示した.
【考察】
骨盤肢位に関して,筋厚の変化率と筋電図の結果より,軽度前傾位に比べ中間位・軽度後傾位は低い強度で筋厚と筋活動が増大したため,LMが活動しやすい肢位であったと考える.これらの要因は,筋長の影響であり,中間位と軽度後傾位では,両フィラメントの重なり合う部分が多く,張力を発揮しやすかったと推測された.
異なる強度の筋力条件の比較は,%IEMGの結果より,中間位においてTESの活動を高めることで75%の強度に到達したと考える.また,相関,寄与率においてもTESで高い値となり,強度が高まるとTESの活動を高めやすいことが推測された.したがって,筋電図の結果においてTESを過活動させず,LMを活動させるためには,10%程度の低い強度で十分であると考える.また,LMの筋厚は,安静に対し,10%の強度で有意に増大したため,深層線維も含めたLMは低い強度で活動すると推測される.
今回の課題は,抗重力方向へ仙骨を前屈させ,骨盤を前傾させるものであり,10%の強度であっても,必ずしも低い強度であるとは限らない.今後,側臥位や背臥位などの除重力位や,骨盤傾斜角度に着目した座位姿勢や立位姿勢の分析を行う必要があると考える.
【理学療法学研究としての意義】
骨盤中間位・軽度後傾位において,低い強度で課題を行うことで脊柱起立筋を過度に活動することなく多裂筋が活動し,筋厚が増大することを示した.