抄録
【目的】腹横筋や多裂筋は,横隔膜,骨盤底筋群と共に動的な脊柱安定化に働く重要な構成要素とされている.腹横筋は肩関節の屈曲運動の三角筋や体幹筋の活動より先に活動することや,体幹筋におけるコルセットの役割を担うとされ,腰痛にも関係しているとの報告も散見される.そして近年,コアトレーニングやコアエクササイズなど,脊柱,体幹,骨盤の深層筋を意識的,優先的に鍛える方法が注目されている.その方法の一つとして 2 way stretch があり,2 way stretch により腹横筋の働きが有意に大きくなったことも報告されている.
当院でもこの 2 way stretch を急性期理学療法の一つとして取り入れているが,さらに筋活動を賦活する目的で, 2 way stretch と同時に会陰腱中心部においたゴム製ボール(直径12cm)を会陰腱中心で押し返すように指導している.
今回は, 2 way stretch の筋活動とその賦活時の筋活動について比較検討した.
【方法】対象は健常成人男性12名,平均年齢25.5歳(23~31歳)で,現在腰痛のない者とした.
表面筋電図の測定には Myosystem1200s(Noraxon 社製)を使用し,被検筋は左側の多裂筋,(L5/S1レベルでの棘突起のすぐ外側)腹直筋(臍より3cm外側),外腹斜筋(第8肋骨下縁),内腹斜筋下部線維(上前腸骨棘から2横指内側下部)とした.電極間距離は2cm とし,サンプリング周波数1kHz とした.
被験者には,端座位で腹部をへこませながら坐骨で座面を押し,頭部は天井を押すつもりで持ち上げるようにという指示で 2 way stretch を指導し,腹部周径が短縮するように意識させた.腹部周径が短縮して頭尾方向に体幹がストレッチ出来ているのを確認した後に,安静4秒間,2 way stretch 4秒間の繰返しをメトロノームの音に合わせて7回を2セット行わせそれぞれ前後1回を除いた計10回を採用した.セット間の休息は筋疲労を考慮して3分以上とした.賦活運動は,上記の 2 way stretch と同時に座面と会陰腱中心部の間に置いたボールを座面に向かって押し返すように指示して筋活動の賦活を試みた(以下押し返し運動).2 way stretch 及び押し返し運動4秒間の前後1秒間を除いた2秒間のうち波形の安定した1秒間の積分筋電図10回分を時間で除した平均積分値を求めた.これを最大等尺性収縮時の平均積分値を100%として正規化して平均積分値比を算出し筋活動とした.
統計処理は,2 way stretch と押し返しの筋活動を Wilcoxon の符号付順位検定により比較した.統計学的有意水準は5%未満とした.
【説明と同意】被験者には研究の内容と目的を説明し書面にて同意を得た.
【結果】多裂筋の筋活動は 2 way stretch が19.1±16.5%(平均値±標準偏差),押し返し運動が19.8±15.6%で有意差は認めなかった(p=0.8753).腹直筋の筋活動は 2 way stretch が6.0±4.6%,押し返し運動が8.1±5.9%で押し返し運動の筋活動が有意に大きくなった(p=0.0076).外腹斜筋の筋活動は 2 way stretch が25.7±22.1%,押し返し運動が30.9±18.1%で押し返し運動の筋活動が有意に大きくなった(p=0.0499).内腹斜筋下部線維の筋活動は 2 way stretch が54.7±61.1%,押し返し運動が77.2±79.7%で押し返し運動の筋活動が有意に大きくなった(p=0.0096).
【考察】今回の結果から,押し返し運動は多裂筋には賦活効果はないものの,腹直筋,外腹斜筋,内腹斜筋下部線維には賦活効果があった.しかし,腹直筋の筋活動は 2 way stretch が6%,押し返し運動が8.1%とどちらの運動も10%以下であり,腹直筋の筋活動が少ない運動であることが示唆された.外腹斜筋の筋活動は押し返し運動で約5%大きくなったが,筋活動は30.9%で筋力増強効果は少ない運動と考えられる.内腹斜筋下部線維は押し返し運動の筋活動が大きくなり,賦活効果が十分に得られているうえに筋活動も高くなった.これは2 way stretch により,解剖学的に横走する内腹斜筋下部線維が強く働いたのではないかと考えられる.さらに,2 way stretch は超音波画像装置で腹横筋の筋厚も大きくなることが多数報告されており,内腹斜筋下部線維は腹横筋と連動して活動している可能性もある.また,解剖学的にも腹横筋と走行が重なり,腹横筋と同様に胸腰筋膜と腹直筋鞘に起始停止をもつことから腹横筋とともに骨盤帯の安定化に関与している可能性があり,押し返し運動では効率的に内腹斜筋下部線維の活動を高めることが出来る可能性が示唆された.
【理学療法学研究としての意義】2 way stretch +押し返し運動は 2 way stretch より内腹斜筋下部線維の活動を高めやすい運動であり,骨盤帯の安定化を必要とする症例に適応できる可能性が示唆された.