抄録
【目的】
γ-aminobutyric acid (GABA)の抑制は、神経細胞の興奮性やシナプス結合および神経可塑性を誘導する。GABAA受容体発現のダウンレギュレーションは、脳損傷後の非損傷側大脳皮質領域に生じることは既に報告されている。しかしながら、これらの生理学的ルールは未だ知られていない部分が多い。そこで、我々はマウス外傷性大脳皮質損傷モデルを用いて非損傷側に生じるGABAA受容体発現とそのGABAシグナルのダウンレギュレーションが神経軸索の再構築や運動機能の回復に寄与するかを調べることを目的とした。
【方法】
C57BL/6J雄マウスを使用し、麻酔下で左大脳皮質上肢運動領域に直径3 mmの外傷性座滅損傷をほどこした。大脳皮質損傷後に生じるGABAA 受容体の発現減少は、real time RT-PCR、western blottingおよび免疫組織化学染色法を用いて解析した。GABAシグナルの減少が機能回復に寄与するかを確認するために、GABAA受容体アゴニストであるmuscimolを非損傷側大脳皮質上肢運動領域に注入することで生理的に生じるGABAシグナル効果を抑制し、神経軸索の再構築および運動機能回復を解析した。神経細胞の軸索再構築の解析には、順行性トレーサーであるbiotinylated dextran amine (BDA)を非損傷側大脳皮質上肢運動領域に注入し、頚髄レベルにおいて非損傷側から損傷側へと投射する軸索発芽を解析した。さらに運動機能回復には、grid walk test 及びcylinder testを用いて解析した。
【説明と同意】
【結果】
GABAA受容体α1サブユニットは大脳皮質損傷1、2週間後に有意に発現減少しており、4週間後にコントロールレベルに戻っていた。運動機能は大脳皮質損傷4週間後でコントロールレベルに近いレベルまで回復していた。さらに頚髄レベルでの神経軸索は非損傷側から脱神経されている損傷側へ投射される新しい軸索が、損傷2、4週間後に有意に増えていた。大脳皮質損傷後に生じるGABAシグナルのダウンレギュレーションが軸索再構築および運動機能回復に寄与するかを明らかにするために、GABAA受容体アゴニストであるmuscimolを非損傷側大脳皮質上肢運動領域に注入すると、頚髄レベルでの軸索再構築は抑制され、運動機能の回復も生じなかった。
【考察】
これらのことから、大脳皮質損傷後に生じる生理的GABAシグナルの抑制は神経軸索の可塑的変化や運動機能回復に促進的に作用していることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
大脳皮質損傷後の運動機能回復メカニズムは解明されていない。しかし臨床において、急性期には運動機能が少なからず回復することが示されている。これらの回復メカニズムが解明されれば、さらに回復を促進させるリハビリテーション治療の開発につながることは間違えなく、効果的かつ効率的なリハビリテーション治療の実施が可能になることは、理学療法領域において非常に意義があることである。