抄録
【目的】本研究の目的は、タンデム立位保持中の足圧中心点(以下、COP)の移動軌跡について周波数解析を行い、足関節による姿勢調節機構の特徴を分析することである。
【方法】対象は健常成人男性11名(年齢21.3±0.8歳、身長171.4±8.7cm、体重61.9±7.3kg)であった。測定姿勢は左足を前方、右足を後方に配置したタンデム立位とした。姿勢の条件は、両足に均等に体重を荷重し一側のつま先を他側の踵に接し一直線上において直立する姿勢とした。また、測定は裸足にて行い、両上肢は後方で組み3m前方の黒点を注視しながら、測定機器である圧分布測定装置(アニマ社 プレダス MD-1000)上で20秒間静止姿勢を保持した。サンプリング周波数は100Hzとした。測定中は両膝関節とも完全伸展位をとり、踵部が測定装置から離れないように行った。また、バランスを崩し20秒間の静止姿勢保持に失敗した場合は再度測定を行った。20秒間の静止姿勢保持から得られた前方足・後方足それぞれのCOPデータについて分析を行った。分析には、MATLAB® R2007bで作成したプログラムを利用した。COPデータに5Hzのローパスフィルターをかけたのち、9データ毎の移動平均を求め高速フーリエ変換(以下、FFT)を行い、周波数パワースペクトルを求めた。周波数パワースペクトルは、0~0.02Hz(以下、低周波数帯域)、0.02~2Hz(以下、中周波数帯域)、2~5Hz(以下、高周波数帯域)の3つの周波数帯域に区分し 、それぞれ求めたパワーを全周波数のパワーの合計で除し、%パワーを求めた。統計解析は、前方足・後方足のCOPの移動軌跡(側方成分・前後成分)及び周波数帯域を要因とする二元配置分散分析を行った。また、主効果が認められた際には、Tukeyによる多重比較法を行った。有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】全対象者には事前に研究に対する十分な説明を行い、書面にて同意を得た。
【結果】タンデム立位における前方足COPの側方成分の%パワーは、低周波数帯域54.5±11.4%、中周波数帯域42.4±10.8%、高周波数帯域3.0±2.8%であった。後方足COPの側方成分の%パワーは、低周波数帯域60.0±15.8%、中周波数帯域46.0±14.6%、高周波数帯域2.9±2.6%であった。前方足COPの前後成分の%パワーは、低周波数帯域54.5±16.0%、中周波数帯域41.8±13.3%、高周波数帯域3.6±4.2%であった。後方足COPの前後成分の%パワーは、低周波数帯域54.9±14.4%、中周波数帯域42.5±14.5%、高周波数帯域2.4±2.0%であった。二元配置分散分析の結果、前方足と後方足のCOPの移動軌跡と周波数に交互作用は認められなかった(p=0.933)。また、前方足・後方足それぞれのCOP側方成分と前後成分の間には主効果は認められなかった(p=1.000)。しかし、3つに区分した周波数帯域にはそれぞれ主効果が認められた(F(3,2)=237.0 , p<0.001)。
【考察】タンデム立位において、「COPの軌跡は斜め方向の動きを示す」との過去の報告からも、姿勢を保持するためには前方足・後方足ともに足関節には前後を制御する底背屈運動と側方を制御する内返し外返し運動がともに協調する必要がある。今回、タンデム立位での姿勢調節を前方足・後方足それぞれのCOPについて分析したところ、%パワーの出現の仕方に有意な差は見られなかった。つまり、タンデム立位では前方足・後方足ともに周波数帯域の異なる様々な振幅が前後及び側方制御のために同程度出現し、かつその中で動きが協調し合っていると考えられ、これがバランス能力に問題のない健常成人の姿勢調節の特徴であると考えられる。また、3つの周波数帯域に区分し、それぞれ求めた%パワーに有意な差が見られたことは興味深い。仮にこの値をバランス能力に問題のない健常成人男性の基準値として捉えるならば、高齢者や中枢神経疾患患者では、前方足・後方足それぞれの%パワーの変位など特徴的な現象が出現するかもしれない。
【理学療法学研究としての意義】健常成人男性を対象とした今回の結果から、タンデム立位保持のための足関節調節に関する参考値が得られ、それをもとに加齢変化や疾患特性などと比較検討が可能となる。さらに、今回の結果がタンデム立位を用いたバランス能力検査の解釈の一助となり、同時に理学療法プログラムへと発展することができるかもしれない。