抄録
【目的】立位体前屈は,胸椎・腰椎の可動性,ハムストリングス等の二関節筋の短縮など身体背面の柔軟性を総合的に評価している.しかし,立位体前屈のみの評価では,それぞれの制限部位を定量的に評価することができない.先行研究では,立位体前屈とハムストリングスの短縮度,骨盤・腰椎の可動性との関係についての報告はあるが,立位体前屈と胸椎・腰椎の可動性との関係についての報告は少ない.脊椎の矢状面アライメントや可動性の評価には,X線画像やデジタル画像,スパイナルマウスなどがあるが,測定機器が高価であったり,または解析が煩雑であったりする.一方,簡易的な評価方法として,デジタル傾斜計を用いて脊柱の傾斜角度を測定する方法がある.そこで,本研究では,デジタル傾斜計を用いて立位体前屈時の胸椎・腰椎前屈角度を測定し,立位体前屈と胸椎・腰椎前屈角度およびハムストリングスの短縮度との関係について調査した.
【方法】対象は,健常成人30名(男性14名,女性16名),平均年齢が男性25.0±1.7歳,女性25.8±2.1歳であった.なお,本研究では,腰部から下肢の疼痛がある者,骨・関節に変形をきたす整形外科的疾患がある者は対象から除外した.身体測定は,身長と体重を測定し,ハムストリングスの短縮度は対象者をベッド上に背臥位にさせ,Straight Leg Raising(以下,SLR)を測定した.立位体前屈は,対象者を昇降台の上で足先を台の端で揃えた閉脚立位をとらせ,膝関節伸展位を保持したまま,指先が台の端を通るように体前屈をさせて,台の床面と中指先端との距離を測定した.また,対象者に前屈姿勢を保持させ,デジタル傾斜計(DL-155V,STS社製)を胸椎部(Th7棘突起のすぐ上に傾斜計の下端をあてる)と腰椎部(L1棘突起に傾斜計の上端をあてる)にあて,胸椎・腰椎前屈角度を測定した.統計解析として,SPSS11.0J for Windows(SPSS Inc.)を用い,男女間における基本特性,立位体前屈,胸椎・腰椎前屈角度,SLRの比較は対応のないt検定,立位体前屈と胸椎・腰椎前屈角度,SLRとの関係はPearson積率相関分析を用い,危険率5%未満をもって有意とした.
【説明と同意】全ての対象者に対し,事前に研究の目的および内容を書面にて説明し,同意を得てから研究を実施した.
【結果】男女間における比較では,身長は男性171.7±5.5cm,女性155.2±5.7cm,体重は男性67.1±5.2kg,女性52.2±10.7kgで,男性が女性より有意に高い値を示した.また,立位体前屈は男性-5.8±11.2cm,女性2.7±9.4 cm,SLRは男性 53.6±9.4°,女性65.3±11.5°で,女性が男性より有意に高い値を示した.胸椎前屈角度は男性131.1±13.9°,女性140.6±12.0°,腰椎前屈角度は男性71.2±16.6°,女性79.6±26.0°で,男女間に有意差がなかった.性別による立位体前屈と胸椎前屈角度との関係では,男性r=0.68(p<0.01),女性r=0.81(p<0.01),腰椎前屈角度とは,男性r=0.63(p<0.01),女性r=0.72(p<0.01)の有意な正の相関があった.しかし,立位体前屈とSLRとの関係では,女性のみにr=0.59(p<0.05)の有意な正の相関があった.
【考察】本研究の結果,立位体前屈は,男女とも,胸椎・腰椎前屈角度と中等度以上の正の相関が示された.我々は,デジタル傾斜計で測定した胸椎後弯角度は,デジタル画像解析による胸椎後弯角度と有意な相関があり,デジタル傾斜計は簡便に脊椎の矢状面アライメントを定量的に評価できることを示している.本研究の結果から,デジタル傾斜計は,立位体前屈における脊椎の可動性も定量的に評価できる可能性があると考えられる.一方,立位体前屈とSLRの関係では,女性のみに有意な正の相関があり,男性ではなかった.一般に,女性は男性より柔軟性が高いことが知られている.男性のハムストリングスの伸張性は女性より低いため,立位体前屈における股関節屈曲角度が小さくなり,主に胸椎・腰椎の可動性によって立位体前屈していると考えられる.今後,運動学的解析を含め,立位体前屈時にデジタル傾斜計で測定した胸椎・腰椎前屈角度の関係性,またハムストリングスの短縮度による股関節屈曲角度への影響について検討する必要がある.
【理学療法学研究としての意義】デジタル傾斜計を用いて測定した脊椎の可動性について検討することは,腰痛症などの脊椎部の障害に対する評価方法を開発するうえで重要である.