理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: PI1-112
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ポスター発表(一般)
転倒経験者における障害物を跨ぐ際の歩行調節特性について
相馬 正之中江 秀幸安彦 鉄平植松 寿志島村 亮太山下 輝昭
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キーワード: 転倒経験, 障害物, 二重課題
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抄録
【目的】
障害物を跨ぐ動作は、日常生活において比較的多く行われる動作である。障害物跨ぐ際は、その接近過程で得られた視覚情報に基づいて跨ぐ下肢の運動軌跡が前もって計画されることが報告されている。このことから障害物跨ぎ動作では跨ぎ動作そのものではなく、 障害物への接近過程での歩行速度や歩幅の調節により適切な位置に足部を接地させることが重要と考える。
近年、高齢者の易転倒性に関して、二重課題(Dual Task:以下DT)条件下での動作遂行能力との関連が注目されている。しかしDT条件下では、運動課題を障害物跨ぎとして障害物跨ぎ前における歩行調節に焦点をあてた報告はみられない。過去1年間での転倒経験がその後の転倒に対する強い予知因子とする報告もされていることから、転倒経験者を易転倒傾向者と仮定するとDT条件下において転倒経験者では、非転倒経験者と比較すると障害物を跨ぐ際の歩行調節に何らかの差異があることが考える。
本研究の目的は、DT条件下にて転倒経験者と非転倒経験者の歩行定常状態と障害物を跨ぐ直前の歩行パラメータを比較し、転倒経験者における障害物跨ぐ際の歩行調節の特性を明らかにすることである。

【方法】
対象は、両下肢に整形学的疾患の既往のない65歳以上の健常高齢女性30名(平均69歳)とした。調査・測定項目は、聞き取り調査と障害物を跨ぐ際の歩行データとした。聞き取り調査は、過去6ヵ月の転倒経験の有無とその状況を本人より聴取した。障害物を跨ぐ際の歩行データの測定は、運動課題のみのSingle Task(以下、ST)、運動課題中に認知課題を課すDual Task(以下、DT)条件下の2通りで各5回施行した。運動課題は、9m歩行路の中間地点に設置された高さ2cm、幅80cm、奥行き15cm(木製)の障害物跨ぎとし、各5回施行した。認知課題は100から7を漸次、減算する連続7減算を行った。測定機器は、大型床反力計システムを用い、サンプリング周波数を50Hzで記録した。計測項目は、歩行速度,歩幅,歩隔の3項目とし、歩行開始4歩目と障害物を跨ぐ直前のパラメータを床反力計システムから導出し求めた。統計処理はSPSS ver15.0を用いて,5回施行の平均値を代表値として群(若年・高齢)×歩行条件(ST条件・DT条件)×歩行状態(定常状態・跨ぐ直前)の2×2×2の3要因の分散分析を行った。なお、有意水準は5%とした。

【説明と同意】
本研究は、東京都リハビリテーション病院臨床研究の承認を受け実施した。また、事前に対象者には本研究の目的に対する十分な説明を行い、同意を得た上で実施した。

【結果】
聞き取り調査から過去6ヵ月間の転倒経験により、非転倒経験群23名、転倒経験群7名に分類した。これに基づいて行った分散分析では、歩行速度が歩行条件要因(F=49.2,p<0.05)と歩行状態要因(F=18.5,p<0.05)で主効果が有意であり更に群×歩行条件で交互作用が認められた。歩幅では歩行状態要因(F=5.2,p<0.05)で、歩隔では歩行条件要因(F=8.94,p<0.05)で主効果が有意であった。
DT認知課題正解数は、非転倒経験群が2.2±1.5問、転倒経験群が1.5±1.1問であった。

【考察】
本研究では、転倒経験群、非転倒経験群の有無に分類し、障害物を跨ぐ際の歩行調整に焦点を当て、各歩行パラメータを比較検討した。その結果、各群共にDT条件下では歩隔を大きく、障害物を跨ぐ直前では歩行速度と歩幅を減少させ安全性に考慮した対応をしていることが判明したものの、転倒経験群、非転倒経験群に特異な歩行調節が認められなかった。このことから転倒経験群、非転倒経験群においては、障害物跨ぎ動作の準備時期における歩行速度、歩幅、歩隔の歩行調節の相違はないことが明らかになった。このことは、転倒リスクが高いと考えていた転倒経験群においても、非転倒経験群と同じような歩行調節を行っていることが示唆された。これらのことから転倒は、歩行速度や歩幅、歩隔などの歩行調節の仕方によるものではなく、他の要因により生じるものと考えられた。
一方、本研究で歩行調節の相違の相違が認められなかった要因の1つとして、過去6ヵ月間の転倒経験が易転倒傾向としての検出力が弱いことや障害物接近過程における歩幅と歩行速度の変化点が障害物前4-5歩間であることが報告されていることから、障害物を跨ぐ直前では特性を見いだせなかった可能も考えられた。

【理学療法学研究としての意義】
高齢者を取り巻く転倒の諸問題は、私たち理学療法士にとっても興味深いものである。今回、転倒経験群、非転倒経験群に分類し、障害物跨ぐ際の歩行調節の特性について検討した。また、障害物を跨ぐ際の歩行調節の知見を得ることは、運動学的特性を知る上でも重要と考えられる。
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© 2011 日本理学療法士協会
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