抄録
【目的】
Four Square Step Test(以下,FSST)は高齢者のバランス能力の評価として信頼性が高く,転倒を予測できることが報告されている。しかし,臨床の現場では90cmの杖を4本縦横に設置するため広いスペースが必要であり,また杖を跨げることが条件となるため対象者が制限される。そこで,本研究では人工膝関節全置換術後患者を対象にFSST変法とその他の身体運動機能との関連性を検証し,さらに歩行能力からカットオフ値を決定して臨床で歩行レベルを予測できるように検討することを目的とした。
【方法】
対象者は疼痛なく10m以上歩行可能な40名(男性9名,女性31名,平均年齢69.7±10.1歳)の人工膝関節全置換術後患者とした。発症からの期間は24.1±16.5日であった。調査項目は膝伸展筋力(%体重),片脚立位時間,最大一歩幅(%下肢長),Functional reach test(以下,FR),Timed Up & Go test(以下,TUG),10m最大歩行時間,Berg balance scale(以下,BBS),FSSTとした。FSST変法では床面に杖の代わりに90cmの色つきビニルテープを縦横十字に貼り測定を行った。対象者は,4面の左手前で安静立位をとり,できる限り速く左奥,右奥,右手前,左手前,右手前,右奥,左奥,左手前の順にステップする課題を行った。FSSTでは練習も含め5回以上躓いた場合は測定を中止した。各項目とも2回ずつ測定し最高値を選択した。さらに,FSST変法と歩行実用度との関連性を屋外自立,屋内自立,屋内監視の3群に分けて検討した。FSST変法の2回の繰り返し測定による再検査信頼性の検討は,級内相関係数(Intraclass Correlation Coefficient:以下,ICC)を算出した。FSST変法と各測定値との関連性についてはPearsonの積率相関係数ならびにSpearmanの順位相関係数を用いて判定した。また,FSST変法を従属変数,各測定により有意な相関があった項目を独立変数として重回帰分析を行った。歩行実用度についてはKruskal Wallis H-testの後,多重比較検定(Bonferroni法)により群間比較を行った。
【説明と同意】
全ての対象者には,本研究の目的および内容を十分に説明し,同意を得た上で実施した。
【結果】
FSST変法の再検査信頼性を検討するために算出したICCは,0.96であった。FSST変法は14.9±9.8(平均値±標準偏差)秒,FSSTは20.8±19.1秒であった。FSST変法とFSSTの相関関係はr=-0.95(p<0.01)であり,FSST変法と各測定値の相関関係はTUG(r=0.88,p<0.01),BBS(r=-0.85,p<0.01),10m最大歩行時間(r=0.83,p<0.01),FR(r=-0.65,p<0.01),片脚保持時間(r=-0.60,p<0.01),最大一歩幅(r=-0.55,p<0.01),膝伸展筋力(r=-0.51,p<0.01),であった。FSST変法と歩行実用度の関連は屋内監視群と屋内自立群、屋外自立群の間に有意差が認められ,屋内自立群と屋内監視群の感度と特異度を計算したところ、FSST変法が16秒の時に感度85%,特異度92%となり判別性が最も高かった。また,重回帰分析により独立変数として採択された変数はTUG,BBS,片脚保持時間,膝伸展筋力(決定係数0.87)であった。
【考察】
FSST変法の測定は全対象者遂行できたが,FSSTの測定は杖を跨ぐことができず4名が遂行できなかった。FSST変法の2回の繰り返し測定による再検査信頼性はr=0.96であり,FSSTの従来の報告と同様に高い信頼性を認めた。またFSSTとFSST変法の相関係数は大変強い正の相関を認め,FSST変法の臨床応用の妥当性が認められた。FSST変法とその他の測定項目との関連を検討するために相関分析を行った結果,FSST変法とTUGで大変強い正の相関を認め,BBSと大変強い負の相関関係を認めた。FSST変法は動的バランス機能を反映するTUGとバランス能力を包括的に捉える評価指標であるBBSと相関を示したことから,臨床で簡易的にバランス評価ができることが示唆された。さらにFSST変法の影響因子としてTUG,BBS,片脚保持時間,膝伸展筋力が採択されたことから,バランス能力に加えて,下肢筋力も重要な因子になることが示された。一方,歩行レベルから対象者を3群に分類した結果,屋内自立群と屋内監視群でFSST変法の判断基準が示され,目安として16秒以下で屋内自立歩行が可能になることが示唆された。すなわちFSST変法の評価法は歩行実用性を検討する上で臨床的に意義があると考える。以上のことから,FSST変法は従来のFSSTと比べて狭小スペースで動的なバランス能力を簡易的に把握することが可能であり,人工膝関節全置換術後患者における有用な評価法となりうる可能性が示された。
【理学療法学研究としての意義】
杖の代わりにビニルテープを使用したFSST変法は,狭い空間でのバランス評価が可能であり,臨床で簡易的にバランス能力を知る手がかりとなる。またカットオフ値から歩行レベルの予測も可能であると考える。