抄録
【目的】
運動イメージ時のヒトの脳活動は運動実行時と等価的であるとされ(Jackson et al. 2001)、運動学習や運動技能の向上に有効ではないかと期待されている。これらの知見より、運動イメージはリハビリテーションの臨床応用に向けて多くの研究がなされている。運動イメージを補助する方法として運動錯覚がある。運動錯覚は運動イメージと類似の脳活動を行うことが示唆され、運動イメージと組み合わせることにより、知覚の認知に変化を与えることが証明されている(Naito et al. 2002)。しかし運動イメージと組み合わせたときの皮質脊髄下降路への影響は証明されていない。本研究では振動刺激after effectによる運動錯覚と運動イメージ併用による皮質脊髄下降路への影響を経頭蓋磁気刺激(TMS)により誘発される運動誘発電位(MEP)の振幅により検証した。
【方法】
被検者12名(22-34才)に椅子座位をとらせ、閉眼させた。右前腕を机上に固定し、右上肢前腕伸筋群(ECR)に振動刺激装置・筋電記録電極を設置した。ECRへの振動刺激(周波数:80Hz、振幅:3mm、時間:10s)を開始合図直前10sに実施した。ECRへの振動刺激修了後数秒間は手関節背屈錯覚が誘発される(Kito et al. 2006)。実験前に振動刺激中、振動刺激後の運動錯覚の鮮明度をVASにて記録した。運動イメージは開始合図により手関節を3sかけて背屈する筋感覚をイメージさせた。TMSは開始合図の2s後に施行し、MEPを記録した。TMSの強度はMEP閾値の1,1倍とした。実験条件は振動刺激と運動イメージ併用条件、運動イメージ条件、振動刺激条件、安静条件とした。各実験条件はランダムに15試行実施した。MEPの記録は医師の指導の下、厳密なリスク管理下にて実施した。MEP振幅はpeak-to-peakにて算出した。TMS直前0-25msのtime windowにてECRのEMGから積分値(IEMG)を算出した。各条件間の平均値の差はFreedmann testとpost-hoc testを用いて検定した。振動刺激aftereffectによる運動錯覚の鮮明度とのSpearmann順位相関係数を算出した。筋放電量の要因を除去したsupraspinalな効果を検証するため、目的変数をMEP振幅、共変数をIEMGとしたANCOVAを実施した。有意水準は0.05とした。
【説明と同意】
実験は大阪府立大学倫理委員会の承認を得て実施された。被験者には実験の目的、方法、及び予想される不利益を説明し同意を得た。
【結果】
被験者12名中9名はafter effectにおいて背屈の運動錯覚を経験した。錯覚の鮮明度を示すVASの平均値は48%であった。振動刺激条件におけるIEMGおよびMEP振幅の増加量と振動刺激aftereffectによる運動錯覚の鮮明度との間において有意な相関は見られなかった。MEP 振幅は振動刺激・運動イメージ併用条件にて安静時と比較して有意に増加した。IEMGも同様に 安静時と比較して振動刺激・運動イメージ併用条件にて有意に増加した。ANCOVAによる筋放電量の要因を除去した4群間のMEP振幅の差の検定では、運動イメージ条件と振動刺激・運動イメージ併用条件で安静時と比較して有意な増加を観察した。
【考察】
振動刺激aftereffectによる運動錯覚と振動刺激直後のMEP振幅増加量の間に有意差がなかったことから、振動刺激aftereffectによる運動錯覚は皮質脊髄下降路に直接関与しないことが示唆された。しかし、運動イメージ単独ではMEP振幅は有意に増加しなかったにも関わらず運動イメージと振動刺激aftereffectによる運動錯覚を併用することでMEP振幅が増加することが示されたことは、振動刺激aftereffectのみでは皮質脊髄下降路は変調しないが、振動刺激aftereffectを運動イメージと併用することにより、皮質脊髄下降路の変調をもたらすことを示唆するものであった。他方、先行研究(Guillot et al. 2007)と一致して背景筋放電量もMEP振幅増加に伴って増加する傾向にあったが、この筋放電の影響を除外したANCOVAの結果は、筋放電の影響を除外したsupraspinalな下降路興奮性が運動イメージおよび運動イメージと振動刺激aftereffect併用の両条件にて生じていることを示唆するものであった。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は運動イメージを効果的に実施するリハビリテーションアプローチの基礎研究として意義が高いと考える。