抄録
【目的】これまでにも身体の動的バンランス機能を探るべく様々な測定法がみられるが,そのほとんどが前方への評価であり高齢者の転倒の危険性を予測する後方への評価を行なうものは少ない.実際に後方への転倒は高齢者にとって大腿骨頸部骨折を引き起こしやすい非常にリスクの高いものである.また,加齢に伴う胸腰部の後彎や骨盤後傾などの姿勢の変化なども重心線を後方にシフトさせ前方への推進力を低下させている誘因となっている.これまでにも後方の動的なバランス評価方法として10m backward歩行が検討されてきた.しかし,これについては,有用性はあるもののある程度の広さを確保しなければならないことや高齢者の転倒リスクの観点から鑑みて臨床場面では,より簡便な評価法が必要である.そこで本研究では,動的バランスの評価として後方最大一歩幅を測定し, Berg Balance Scaleとの関連性を明らかにすることにより効率的,有効性の高いバランス評価手段であるかを検討することを目的とした.
【方法】運動機能評価として後方の最大一歩幅を測定した.披検者の測定にあたっては踏み出した後,バランスを崩しやすいため3回の予備練習の後,実施.2回測定しその最大値を代表値として採用した.方法は両上肢を体側に垂らした状態で片足を後方に大きく一歩踏み出し,反対の足を揃えられる最大距離を計測した.(床に印をした位置から踏み出した足先までの距離を測定).最後に後方歩幅は,下肢長(棘下長)による補正を行い左右の平均値を測定値とした.また比較するためのバランス評価としてBerg Balance Scale(以下BBS)を用いて評価を行なった.このテストは0~4点にランクづけする14種類の項目をもちいている.また良好なテスト-再テストの信頼性と評定者間での信頼性が高いことが報告されている.さらにTUGを含むほかのバランススケールとも相関が強いことも報告されている. 最大一歩幅とBBS合計点との比較にはPeasonの相関係数を用いた.統計処理において有意水準は5%未満とした.
【説明と同意】当院に入院中の患者、外来通院されている患者(年齢76.5±5.4,男性2名,女性12名)1 4名を対象に実施.抽出条件として1)杖または独歩にて歩行可能な者,2)測定内容に対して理解可能な者,3)本研究の内容について説明し同意の得られたものとした.
【結果】後方歩幅とBBSとの間でr=0.65の相関がみられた(p<0.05).またBBSの14項目の中でも踏み台への足乗せとの相関ではr=0.72という相関がみられた(p<0.01).
【考察】今回の結果から,後方最大一歩幅がバランスの評価として有用な測定方法になりうることが示唆された.Medalらは最大一歩幅の動作は片脚立位,タンデム歩行などのバランス評価よりも優れた評価手段であることを述べている.これまでにも後方への動的評価として10m backward歩行がみられたが,臨床場面では安全性や広さの問題を鑑みても最善であるとはいい難い.また歩行動作は,central pattern generator(CPG)による下肢の連続したリズミカルな自動運動であるといえる.今回の検査方法は支持基底面を変化させ,動的姿勢制御から静的姿勢制御への移行というダイナミクスな運動である.またBBSの項目にある「踏み台への足のせ」と特に相関が強いことも動的から静的姿勢制御というバランス評価を強く反映していることが伺える.BBSでは後方への評価項目がみられない.高齢者において視覚情報が制限を受けた状態では姿勢制御能力が著明に低下することから,後方への踏み出しは視覚情報が遮断された状態での高度な姿勢制御能力を反映するものだと考える.さらに前方への推進力を生み出す下腿三頭筋が後方への移動では十分に発揮できないため強く踏み出す際には十分な足部の可動性と足関節戦略が重要になってくる.Weesは,高齢者では足関節での姿勢制御能力が低下し股関節での代償動作がみられると述べている.加えて,体性感覚においても加齢にともなう足関節の閾値の上昇を報告する文献もみられる.後方への最大一歩幅による測定方法は,高齢者の筋力,柔軟性および体性感覚機能などの統合的な姿勢保持能力を検査する上で重要であると考える.
【理学療法学研究としての意義】臨床場面において,今回の方法は,比較的簡便かつ有効性の高い動的バランス評価の手段になる事が示唆された.