抄録
【目的】
寝返り動作は、起立動作や歩行など他の起居移動動作と比べ、重心が低く支持基底面の広い背臥位から重心位置が高く支持基底面の狭い側臥位へ移行させる不安定な姿勢変換である。よって、理学療法士が臨床現場で行う動作分析において、寝返り動作は、動作パターンが多様であり、通常、動作を理解しやすくするために行う動作分解は困難である。寝返り動作における先行研究では、動作パターンに着目し、健常成人において、上肢、下肢、体幹はそれぞれパターン化できたが、各体節間の定量的なものは認められなかったと報告されている。一方、運動学的分析により、寝返り側の反対側下肢での床押し力に応じて、骨盤回旋速度・角度が決定するとの報告もある。また、寝返り動作の可否における先行研究では、腹筋力が関係していると言われており、寝返り動作時、身体近位部の固定、全身の抗重力位での支持をする作用として体幹機能は重要な条件と考える。よって、本研究では、寝返り動作時の体幹パターン(骨盤帯と肩甲帯の回旋順位)に着目し、下肢での床押し、身体特性、体幹機能やバランス機能などの因子が体幹パターンと関連があるか明らかにすることを目的とした。
【方法】
対象:若年健常者計47名(男35女12)を対象とした。また、腰痛を呈する者に関しては、被験者から除外した。被験者の身体特性は、年齢、性別、身長、体重、BMI(Body mass index)値とした。方法:寝返り動作における条件設定として、ベッド臥床からの右側への寝返り動作(背臥位→側臥位)とし、開始肢位は両上肢腹部挙上、左膝関節90度屈曲位、終了肢位は完全側臥位とした。さらに、動作遂行時間において「できるだけ早く」、「2秒にて統一」、「3秒にて統一」にて設定した(2秒、3秒においては、メトロノームを使用した)。また、課題動作の施行順序はランダムに行った。各動作遂行時間における寝返り動作をビデオ撮影し、体幹パターン分類を行った。体幹パターン分類は、動作開始時、骨盤と肩甲帯のどちらの回旋が先行して、あるいは同時に開始されたかについて、2つに分類した(1:骨盤→側臥位、2:骨盤・肩甲帯同時→側臥位 )。ビデオ撮影と並行し、両側足部下にマンシェットを固定し足圧を測定した。バランス機能評価として機能的リーチ・テスト(functional reach test)を行った。体幹機能の評価として、関節可動域測定(胸腰部前後屈、回旋角度、側屈角度)、HHD(hand-held dynamometer)を使用し、メイクテスト方式にて体幹筋力(体幹屈曲・回旋・伸展筋力)を測定した。検査者は同一者とした。統計解析は、体幹パターンを従属変数とし、身体特性、体幹機能、下肢での床押しなど、すべての測定項目を独立変数とし判別分析を行った。変数のうち名義尺度を0,1のダミー変数とし、有意差は危険率5%水準で判定した。
【説明と同意】
対象者には、予め本研究の主旨を書面及び口頭にて説明し、承諾を得た。
【結果】
寝返り動作時の体幹パターンを従属変数、各測定項目を独立変数とした判別分析では、「できるだけ早く」、「2秒」時の判別分析において有意な判別式が得られた (p<0.05)。しかし、「3秒」での寝返り動作では、有意とならなかった。正判別率は「できるだけ早く」=95.7%、「2秒」=85.1%であった。各独立変数の標準化正準判別関数係数は、「できるだけ早く」では、足圧(1.2)、身長(0.8)、胸腰部側屈角度(0.8)であり、「2秒」では、足圧(0.8)、胸腰部側屈角度(0.7)、体幹回旋筋力(0.6)であった。
【考察】
動作遂行時間「できるだけ早く」、「2秒」では、下肢での床押しやその他の身体機能と関係がみられたが、「3秒」ではみられなかった。これは、動作遂行時間が速ければ下肢の床押しによる反動を利用しての寝返り動作となり、下肢の床押しで始動した骨盤回旋が肩甲帯回旋へと移行される。しかし、遂行時間が遅い場合はその反動を上手く利用できず骨盤回旋から肩甲帯回旋への移行に、ばらつきが出たと考える。健常若年者における寝返り動作では、「下肢での床押し」を反動に利用し、身体特性として「身長」、体幹機能として「胸腰部側屈角度」、「体幹回旋筋力」が動作始動時の体幹パターン(骨盤帯と肩甲帯の先行順位)に関係していると考える。
【理学療法学研究としての意義】
今回、寝返り動作を体幹パターンに着目し、関連する因子について検討を行った。寝返り動作は、動作分析を行う際、起立動作や歩行などに比べ、動作自体が未だ画一化されていない。よって寝返り動作パターンに関連する因子を検討することは理学療法研究として意義は高い。