理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: OF2-022
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口述発表(特別・フリーセッション)
異なる視覚入力により誘起される自己運動錯覚による皮質運動野興奮性の比較
金子 文成青山 敏之速水 達也
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抄録
【目的】運動学習や身体不活動など,身体活動に伴って皮質運動野の身体図式や興奮性は慢性的に変化する。被験者が安静状態であるにもかかわらず,感覚入力によってあたかも自らの関節運動が行なわれているように感じることを自己運動錯覚という。この錯覚中には,皮質運動野の興奮性が増大する。自己運動錯覚は体性感覚もしくは視覚入力により誘起される。視覚入力の方法には,被験者の四肢の背景にある模様を動かす方法と,身体活動の動画を被験者に呈示する方法(Kaneko et al, 2007, Neurosci)とがある。二つの視覚入力により活動する脳内神経回路網は異なると推察されるものの,結果的には両者で共通して皮質運動野の興奮性が増大することが予測される。両者の方法で皮質運動野興奮性変化に差異はあるのか,あるいは,運動方向や身体部位依存的効果が異なるかどうかは,これらの方法を臨床的介入として応用する観点から重要な知見であるが,そのことを検証した報告はない。本研究は,電気生理学的手法により,二つの視覚入力によって誘起される自己運動錯覚中の皮質運動野興奮性の差異を明らかにすることを目的に行った。
【方法】対象は健康な成人10名とした。全員が右利きで,自己運動錯覚は左手を対象に誘起した。実験肢位は椅座位で,基本的には,安静を保つために適切な高さの実験机上に前腕を回内位で置いた。自己運動錯覚は,前腕と手部の下に配置したスクリーンに裏面から動画を投影する方法(背景動画錯覚)と,前腕を覆うように設置したスクリーンに身体の動画を映写する方法(身体動画錯覚)により誘起した。条件は,背景動画錯覚および身体動画錯覚ともに,安静,橈屈方向の錯覚条件(橈屈錯覚),尺屈方向の錯覚条件(尺屈錯覚),錯覚が起こらない状態で単に動画を観察する条件(橈屈観察および尺屈観察),の5条件とした。背景動画錯覚ではTardy-Gervetらの報告(Neurosci Lett, 1982)を参考に,クレータ模様の図を投影した。この動画が時計回りに動くことで尺屈錯覚が生じ,反時計回りで橈屈錯覚を生じるというものである。身体動画錯覚では,事前に撮影した第三者の手関節が橈屈および尺屈を反復する動画を,適切な位置と大きさで映写した。皮質運動野興奮性は,経頭蓋磁気刺激(TMS)による運動誘発電位(MEP)の振幅によって調べた。TMSは円形コイルのB面を上にして用いた。MEPは,第一背側骨間筋(FDi),小指外転筋(ADm),橈側手根伸筋(ECr),尺側手根屈筋(FCu)から,表面皿電極で記録した。TMSの刺激強度の決定はFDiから記録されるMEP振幅を基準とし,各被験者で振幅が0.5から1mV程度となる強度を探索して使用した。結果的に,刺激強度は安静時運動閾値の1.17±0.08倍(平均±標準偏差)であった。二つの錯覚それぞれについて,条件を要因とする一元配置分散分析を行った。多重比較にはTukey-Kramer法を実施した。さらに,効果量(Cohen’s d)を算出した。
【説明と同意】本研究は,ヘルシンキ宣言に沿って実施した。また,実験内容に関する十分な説明の上,同意の得られた者を対象として実施した。
【結果】1)背景動画錯覚:FDiは橈屈錯覚条件において,安静,橈屈観察,尺屈観察と比較して有意にMEPが大きかった。ADm,ECr,およびFCuでは,有意な主効果がなかった。効果量は,FDiの橈屈錯覚条件が最も高値(d=2.76)を示した。2)身体動画錯覚:FDiは橈屈錯覚条件において,他の全ての条件よりも有意にMEPが大きかった。また,ADmは尺屈錯覚条件において,他の全ての条件よりも有意にMEPが大きかった。ECrおよびFCuは共に主効果がなかった。効果量は,FDiの橈屈錯覚条件が最も高値(d=1.79)を示した。
【考察】本結果は,錯覚する運動方向の運動に関わる筋のMEPが増大することを示した。そのMEPの増大は,一つの筋内において運動方向依存的であった。さらに,ある筋が主動作筋としてかかわる運動であっても,MEPへの影響の大きさは筋間で異なっており,身体部位依存的であることも示された。すなわち,手指筋に対する効果と前腕筋に対する効果が異なっていた。二つの視覚入力間での差異として,FDiに対しては,効果量が背景動画錯覚で高かったが,背景動画錯覚ではADmに関して有意な増加が示されなかった。
【理学療法学研究としての意義】対象とする疾患に関わらず,運動学習と脳可塑性との強いかかわりがあるという観点から,皮質運動野興奮性の操作は理学療法における重要な論題である。
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© 2011 日本理学療法士協会
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