抄録
【目的】脳卒中により呈する症状として,運動麻痺や感覚麻痺は代表的なものである.運動麻痺に対する治療法は,「脳卒中治療ガイドライン2009」でエビデンスが示されている.一方,感覚麻痺に対する有効な治療法については,記載されていない.運動機能と感覚機能には密接な関係があり,運動機能の向上において,感覚機能の向上は不可欠なものとされているにも関わらず,感覚麻痺に対する治療は,その客観的評価が困難であるが故に,治療効果判定は難しく,臨床において軽視されているように感じる.一方,非侵襲的に脳機能を視覚化することができる脳機能イメージング装置が開発され,中でもfunctional near-infrared spectroscopy(以下,fNIRS)は,運動遂行中の計測が可能という利点から,リハビリテーション分野でも研究が行われている. 現在,動作課題時の前頭葉や一次運動野の脳血流動態を検討した報告は存在するが,受動的な体性感覚刺激課題時の脳血流動態をfNIRSで検討した報告は少ない.そこで,fNIRSでの脳血流動態の計測が,感覚麻痺に対する治療を検討するための一助となるのではないかと考え,予備的研究として,健常成人を対象に,表在感覚刺激時の脳血流動態をfNIRSにて検討することを目的とした.
【方法】被験者は,健常成人10名(平均年齢25.0±1.1歳.男性4名,女性6名.全員右利き)とした.計測は,個室にて被験者1名と験者2名で行った.測定肢位は,椅子座位にて前方のテーブルに両側前腕を回外位で置き,耳栓とアイマスクを装着した.頭部に,国際10-20法に基づき左右の体性感覚野を覆うようホルダを4×7の配列(全35チャンネル)で,照射プローブ6をCzと設定した.プロトコルは(休息15秒-課題15秒-休息15秒)×3セットとし,刺激部位は左右母指(手掌面),刺激種類は触覚と温度覚とした.刺激方法は,触覚には筆を用い,強度は筆先5mm程度が触れる程度とし,頻度は1秒間で母指の長軸方向を往復する刺激とした.温度覚は試験管に入れた5°Cの冷水を用い,試験管側壁が母指全体にあたるよう刺激を与えた.課題は全6種類(触覚-右側,触覚-左側,触覚-両側,温度覚-右側,温度覚-左側,温度覚-両側)とし,順序は被験者ごとにくじ引きでランダムに決定した.刺激中は無動で刺激部位を意識するよう指示した.刺激課題終了ごとにアイマスクを外し,次の刺激内容を伝えた.各課題の間隔は2分以上とし,fNIRSのパソコン画面で,基線が安定していることを確認し,計測を実施した.fNIRSデータから得られたoxy-Hb,deoxy-Hb,total-Hbのうち,先行研究に準じ,oxy-Hbを分析の対象とした.各被験者の各課題において,3施行のデータを加算平均し,データ位置指定を0とし,ベースライン補正を行った.35チャンネルのうち,左右大脳半球の体性感覚野(以下,S1)と上頭頂小葉(以下,SPL)に相当する計12チャンネル(各3チャンネル)を抜粋し,課題15秒間の積分値を算出,各課題時のS1とSPL,各3チャンネルの中で最大値を示したチャンネルを左右半球で比較した.なお,S1およびSPL積分値の陰性波形は除外して検討した.
【説明と同意】全被験者には,事前に本研究の趣旨を文書にて説明し,同意,署名を得た上で測定を実施した.
【結果】陽性波形を示した人数は,左脳S1/SPL-右脳S1/SPLの順に,右側触覚刺激時9/10-9/8,左側触覚刺激時7/8-8/9,両側触覚刺激時8/5-8/9,右側温度覚刺激時7/8-8/9,左側温度覚刺激時8/9-8/5,両側温度覚刺激時7/9-8/7であった.陰性波形を示すものは,同一の被験者と限らず,左右半球によっても異なる結果であった.S1積分値の左右比較人数は,左脳/右脳の順に,右側触覚刺激時6/3,左側触覚刺激時4/3,両側触覚刺激時1/7,右側温度覚刺激6/2,左側温度覚刺激4/5,両側温度覚刺激4/4であり,SLP積分値の左右比較人数は,左脳/右脳の順に,右側触覚刺激時7/3,左側触覚刺激時6/2,両側触覚刺激時5/5,右側温度覚刺激5/4,左側温度覚刺激6/3,両側温度覚刺激7/3であった.
【考察】Takeuchiらの先行研究と同様,触覚,温度覚刺激ともに,刺激と対側のS1,SPLでより賦活を示した.また先行研究では,刺激と同側のS1に有意な賦活は認められなかったと報告されていたが,本研究では,触覚,温度覚ともに刺激側と同側での賦活も認めた.これは,先行研究は電気刺激であり,神経活動が直接的に反映され,今回用いた触覚,温度覚刺激は,意識や感覚域値の個人差なども影響しているためと考えられる.
【理学療法学研究としての意義】本研究のデータを踏まえ,更に実験手法の改変を行い,研究を積み重ねていくことにより,感覚障害に対する検査測定および評価方法や,治療法の開発および効果判定に寄与する研究として意義があると考える.