抄録
【目的】
経頭蓋磁気刺激(以下TMS)直後やTMSと随意運動によって発生するサイレントピリオド(silent period:以下SP)中のH波を測定し、TMSとSPのH反射に及ぼす影響について調査した。
【対象および方法:説明と同意】
対象者は、本研究に関する十分な説明を行ない同意が得られた健常な右利き男性5名(平均年齢27±7.8歳)とした。使用機器は、TMS装置マグスティム200 (Magstim company Ltd)および、筋電図・誘発電位検査装置ニューロパックX1(日本光電)を用いた。
測定肢位は腹臥位で行ない、TMSおよびH反射に関しては、日本臨床神経生理学会が定めた大脳皮質の標準的刺激法に準じて行なった。 TMSにはダブルコーンコイルを使用した。刺激条件は単発刺激とし、SPが120ms以上安定して得られる刺激強度を用いた。H波は全例左下肢のヒラメ筋で導出し、刺激条件として刺激のタイミングをH反射のM波とH波がSP中と考えられる時間内に発生する様に、TMS刺激後80msに設定した。測定条件は、(1)同側足関節の底屈運動での最大収縮中にTMSを行なってのH反射(以下:SP中刺激)、(2)TMSのみを行なったH反射(TMS単独刺激)、(3)運動もTMSも行なわない状態でのH反射(以下sham刺激)の3パターンを行なった。M波およびH波は各3回測定し、それぞれの平均値を用いてH/M比を検討した。なお、H反射には順応反応があるため、それぞれ測定間隔は1回毎に十分な休息を与える配慮も行なった。なお、統計学的分析はWilcoxonの符号順位検定を用いて、有意水準5%未満を有意差とした。
【結果】
5例のH/M比率の平均値は、sham刺激:0.40±0.17、TMS単独刺激:0.62±0.16、SP中刺激:0.24±0.23であり、5例全ておいてH/M比は、sham刺激に比べて、TMS単独刺激では優位に増大し、SP中刺激では優位に減少していた。
【考察】
一次運動野(M1)の抑制を評価には、SPに加えて2連発刺激による皮質内抑制(Intracortical Inhibition以下:ICI)がある。今回単独刺激においてH/M比がSham刺激と比較して増大した点については、随意運動がなくても抑制性介在ニューロンの働きによってICIが働き、結果的に脊髄の前角細胞の興奮性のみを評価した可能性がありと思われ、通常は大脳皮質から刺激が前角細胞に抑制的に働いているを反映したのではないかとと考えられる。しかし脊髄刺激でもSPが発生することもあり、今後は脊髄刺激時のH波の検出が必要と思われる。
SPは、随意収縮中に磁気刺激を行なうとM波の出現後数10msecに亘って筋電位が消失する現象で、SP成因は大脳の抑制性介在ニューロンによる抑制が主体と考えられているが、一部脊髄レベルの関与も考えられている。特に、SPの発生メカニズムは潜時によって異なっていると考えられており、TMS後75msまでは脊髄性と大脳皮質性の機構が混在していると言われている。その後のTMS後50~100ms以降の変化については、先行の研究にてH波の計測で脊髄前角細胞の興奮性が回復していることが報告されており、後期成分には運動皮質内抑制機構の関与が大きいと考えられている。今回のSP中刺激においてsham刺激よりH/M比が低下したH波が計測された結果は、TMSによる脊髄性の抑制から脊髄前角細胞の興奮性が回復している過程を反映したものではないかと考えられる。SP持続時間についてはTMS刺激強度や課題となった運動強度の強さに影響されることが報告されている。H波の抑制を効率的に行うことは、関節可動域訓練時の疼痛緩和や痙性の抑制などに有効であると考えられ、刺激条件など検討することで、H/M比の低下率を増加させたり抑制時間の延長の可能性を探ることができると思われる。
【理学療法学研究としての意義】
本研究により、大脳などによる制御を除去した状態での前角細胞の興奮性の検討や筋の最大収縮直後に起こる最大弛緩の現象をH反射を通して検証できた。