抄録
【目的】心拍リズム,呼吸リズム,運動リズムは,歩行や走行などの周期的な運動中,互いのリズムが近づいた際に同期現象を示す.特に心拍-運動リズム間の同期現象が観測される際には,心臓ポンプと骨格筋ポンプが協調し,効率的な血液循環が起こっていると推測されている.また,心拍リズムと運動リズムに呼吸リズムを同期させることで,心拍-運動リズム間の同期が強くなることが報告されている.我々は先行研究にて,心拍-呼吸-運動リズム間の同期現象を誘発し,リズム間の同期の強さに応じて下腿の筋血流量が増加することを報告した.このことから,心拍-呼吸-運動リズム間の同期現象は心臓,血管,活動筋等を含む体循環系に対して有益な現象であることが示唆され,運動療法へ応用できると考えられた.しかし,一方で肺循環系に及ぼす影響については未解明のままである.今後,疾患特性を考慮した運動療法として心拍-呼吸-運動リズム間の同期現象を応用していくために,本研究では,心拍-呼吸-運動リズム間の同期現象の誘発が体循環系と肺循環系に及ぼす影響について検討した.
【方法】対象は健常男性11名(年齢21±2歳,身長167.8±4.45cm,体重56.1±4.98kg).プロトコルは,心拍-呼吸-運動リズム間の同期現象を誘発する歩行(誘発歩行)と自由歩行の2種類とし,ランダム順に実施した.まず,各対象者が心拍数120bpmとなるトレッドミル負荷を決定した.誘発歩行では先に決定したトレッドミル負荷を設定し,対象者は最初の約5分間は120beats/minの電子メトロノームに合わせて歩行と呼吸を行い,定常状態となった後の10分間はリズム間の同期を誘発するため心電図計からのブザーに合わせて歩行と呼吸を行った.先行研究に習い,運動:心拍は1:1,呼吸:心拍は1:4の比率となるよう指示し,呼気:吸気は1:1とした.自由歩行では,運動リズムと呼吸リズムは自由とし,同様のトレッドミル負荷にて定常状態となった後に10分間の歩行を行った.データ測定は定常状態となった10分間で行い,心電図(心拍リズム,心拍数),フットスイッチ(歩行リズム),近赤外線分光装置(左下腿Total Hb),呼気ガス分析装置(呼吸リズム,V(dot)O2/W,VE/V(dot)O2,VE/V(dot)CO2,VD/VT)を用いて( )内の各指標を測定した.解析では,心拍-呼吸-運動リズム間の同期現象が誘発された対象者を特定し,各指標をプロトコル間で比較した.統計学的検討は対応のあるt検定を使用し,有意水準は危険率5%未満とした.
【説明と同意】対象者には口頭にて実験の主旨を説明し,同意書にて参加の同意を得た.本研究は,聖隷クリストファー大学倫理委員会の承認のもと実施した.
【結果】誘発歩行にて9名の対象者で心拍-呼吸-運動リズム間の同期現象が観測された.誘発歩行では自由歩行と比較して,Total Hb(17.8 vs 17.5 g/dl),V(dot)O2/W(30.0 vs 29.2 ml/kg/min),VE/V(dot)CO2(31.2 vs 29.9)が有意に高い値を示した.心拍数,VE/V(dot)O2,VD/VTに有意差は認められなかった.
【考察】本研究では,11名中9名の対象者で同期現象が観測された.同期現象は,負荷が強い運動で発生しやすいと報告されており,発生しなかった対象者においては,設定した負荷が相対的に低かったことが推測される.同期現象が観測された対象者ではTotal Hbが有意に増加しており,活動筋への血流量増加が考えられた.また,心拍数の違いを伴わないV(dot)O2/Wの有意な増加は動静脈酸素含有量格差の増加を示唆している.このことから,同期現象の誘発が体循環系に及ぼす影響として,活動筋への血流量増加,活動筋での有酸素代謝の亢進が考えられる.また,同期現象が観測された対象者ではVE/V(dot)CO2が有意に増加しており,更にVE/V(dot)O2とVD/VTでは差が認められなかった.本研究では誘発歩行の際,呼気と吸気の比率を1:1に設定したが,一般的に効率的なガス交換が行える呼気と吸気の比率は6:4とされている.そのため,誘発歩行では呼気時間の割合が通常よりも短縮し,炭酸ガス排出にかかる換気量が増加したと考えられる.このことから,同期現象の誘発が肺循環系に及ぼす影響として,炭酸ガスの排出効率の低下が考えられる.このことは,運動療法として心拍-呼吸-運動リズム間の同期現象を応用していく際に,呼吸機能を考慮する必要があることを示唆している.
【理学療法学研究としての意義】心拍-呼吸-運動リズム間の同期現象の誘発が体循環系と肺循環系に及ぼす影響が明らかとなり,運動療法へ応用する上で有用な知見が得られた.今後,疾患群にて検討を行うことで,血液循環の効率化を目的とした運動療法の一手法として確立できる可能性がある.