理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: OS3-004
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専門領域別口述発表
注意干渉が高齢者の転倒防止時ステップ動作に与える影響
越智 亮大竹 卓実阿部 友和古川 公宣下野 俊哉山田 和政
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キーワード: 転倒, ステップ, 注意
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抄録

【目的】通常,つまずき等,転倒のきっかけの後,下肢を大きく踏み出すこと(以下,ステップ)で転倒を回避することができるが,高齢者ではステップがでない,あるいはステップがでても体重が支えきれず,転倒に発展し易い.この原因として,高齢者には全身反応性の低下があり,特に,動作中に他事象に注意が向いていると反応時間が著しく遅延する.しかし,この全身反応性の低下が実際の転倒場面においてステップとどのような関係にあるかは不明である.本研究の目的は,つまずき時に発生する前方ステップを実験的に誘発し,注意課題が反応時間やステップ動作にどのような影響を与えるのかを,高齢者と若年者で比較し,明らかにすることである.
【方法】対象は,要支援レベル以上の高齢女性8名(平均年齢81±4歳;以下,高齢者群)と健常若年男性8名(平均年齢20±1歳;以下,若年者群)の計16名とした.実験手順は,まず被験者に転倒防止用ハーネスを装着し,踏み出し脚の足底にフットスイッチ,被験者の腰部背面とワイヤー牽引機構の間にロードセルを取り付けた.また,大腿直筋(以下,RF)と外側広筋(以下,VL)から筋活動を導出した.ステップ動作は,牽引機構のワイヤーで背部を牽引した(体重の20±2%の牽引力)状態で身体を前傾させ,任意のタイミングで,牽引が解き放たれた瞬間にフットスイッチを取り付けた側の下肢を一歩前に踏み出すよう指示した.牽引が解き放たれ,前方へステップを踏み出すまでの間,1)前方を注視するのみ(コントロール課題,以下Co課題),2) 2m前方のPCモニターに1秒毎に切り替わる色を意味する漢字を表示し,その色を1秒毎に答えさせる(ノンストループ課題,以下non-ST課題),3) 意味とは異なる色に着色された漢字を表示し,その色を答えさせる(ストループ課題,以下ST課題)の3種の注意課題を与えた.全ての条件において,牽引が解き放たれてから踏み出し脚の踵が離地するまでの時間(以下,反応時間),ステップ距離(身長で正規化された%height),ステップ速度などを計測した.また,踏み出し脚の接地後0.5秒後までのRFとVLのピーク筋活動量(%MVC)を測定した.統計処理は,年齢要因(高齢者群vs.若年者群)と,3種類の注意要因(Co課題 vs. non-ST課題 vs. ST課題)の,二元配置分散分析を行い,主効果や交互作用を認めた場合は多重比較を行った.
【説明と同意】本研究課題は,星城大学研究倫理委員会にて承認(承認番号2010C0021)を得ており,被験者には十分な説明を行い,書面にて同意を得た.
【結果】ステップ距離とステップ速度において年齢要因の主効果が認められ,若年者群と比較して高齢者群ではステップ距離(高齢者群25.5%vs.若年者群52.3%)が有意に短く,ステップ速度(高齢者群1.46m/s vs.若年者群2.92m/s)も有意に遅かった(全てp<0.01).反応時間は交互作用が認められ(p<0.05),若年者群では注意課題内容に関わらず反応時間に違いはなかった(Co課題158ms vs. non-ST課題151ms vs. ST課題153ms)が,高齢者群ではCo課題248ms,non-ST課題266msに対してST課題301msで有意に反応時間が遅延していた.また,いずれの注意課題も若年者と比較して有意に反応時間が長かった(p<0.01~0.05).VLの筋活動量も交互作用が認められ(p<0.05),高齢者ではCo課題48.0%,non-ST課題59.1%に対して,ST課題68.9%で筋活動量が大きく,若年者(38.8~44.3%)との比較においても有意に活動量が大きかった(p<0.01~0.05).
【考察】注意干渉によってステップ開始までの反応時間が遅延することは高齢者の特徴であり,また,ステップ距離やステップ速度は注意干渉の影響を受けないことが明らかとなった.高齢者において,ある動作中に他事象に注意が向けられている環境下では,転倒のきっかけが生じた後,反応時間が遅延するためにステップが遅れることが予想される.さらに,その遅れに対してステップ速度を高めて補償することができないため,ステップ後に身体体重を支えるために活動する膝伸展筋の活動量が増大すると考えられる.
【理学療法学研究としての意義】高齢者は,転倒のきっかけが生じてからステップを行う際,大きく素早く前方へ踏み出す脚力が損なわれている.転倒予防のトレーニング内容には,筋力増強のみならず,全身反応性や瞬発力,敏捷性の改善を目的とした内容も取り入れるべきである.

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© 2011 日本理学療法士協会
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