理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: PI1-144
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ポスター発表(一般)
脳卒中片麻痺患者の足関節背屈筋に対する筋電誘発電気刺激の試み
中村 潤二小嶌 康介大門 恭平尾川 達也梛野 浩司庄本 康治
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抄録

【目的】近年,脳卒中患者に対する筋電誘発電気刺激(Electromyography-triggered neuromuscular electrical stimulation: ETMS)による運動機能改善の報告がされている。ETMSとは対象筋の筋放電を測定し,随意運動による筋放電が設定した閾値を超えると電気刺激が加わり,更なる筋収縮を引き起こすというものである。ETMSの治療効果はまだ確立していないが, De Kroonらは脳卒中患者へのETMSを含む,電気刺激に関する文献をレビューし,ETMSは従来の電気刺激よりも機能回復に効果的な可能性があるとしており,脳卒中患者に対する治療法として有効となる可能性がある。しかし報告の多くは麻痺側上肢に対して実施したものであり,下肢に実施した報告は少なく,治療の適応となる基準も明らかでない。そこで本研究の目的は脳卒中患者の麻痺側足関節背屈筋にETMSを実施し,下肢機能及び歩行能力に対する影響を検討することとした。
【方法】対象は発症後1年未満の脳卒中患者5名(男性3名,女性2名,年齢61.6±14.4歳,罹患期間189±137.3日)とした。下肢の運動麻痺はBrunnstrom Recovery StageにてstageIIIが2名,stageIVが3名であった。ETMSにはIntelect Advanced Combo(Chattanooga社製)を用い,麻痺側前脛骨筋を対象に行った。治療肢位は坐位で,本機器からの信号に合わせて足関節を背屈してもらった。電気刺激パラメーターは周波数50Hz,パルス幅200μsecの対称性二相性パルス波を使用した。刺激強度は疼痛が出現しない範囲で可能な限り関節運動が起こる程度とした。刺激閾値は随意収縮が最大に達した時点で刺激が入るように適宜設定した。刺激時間は10秒間,休息時間は20秒間とした。治療は1日に20分間,週5回,4週間実施した。評価は治療の初期および最終期に実施した。評価項目はFugl - Meyer Assessment下肢項目(FMA),膝関節屈曲90°及び伸展位での自動足関節背屈角度,Modified Ashworth Scale 足関節(MAS), ハンドヘルドダイナモメーターによる等尺性足関節背屈筋力の測定とした。歩行能力の評価はFDM system (Zebris社製)を用いて麻痺側歩幅,歩行速度,歩行周期における麻痺側単脚支持期割合を測定した。
【説明と同意】全症例には本研究の目的について説明を行い,同意書に署名を得た。尚,本研究は研究実施施設長の許可を得た上で実施した。
【結果】全症例においてFMAは改善がみられ,平均21.2±5.9点から23.0±5.9点となった。膝関節屈曲位及び伸展位での自動足関節背屈角度はそれぞれ平均-3.0±6.7°から7.0±5.7°,平均-27.0±15.6°から-15.0±21.5°となった。足関節背屈筋力は平均0.0±0.0kgfから6.7±5.6kgfに,MASは1症例において改善を示した。歩行能力は麻痺側歩幅は平均39.8±4.1cmから44.8±4.4cm,歩行速度は0.30±0.1m/sから0.40±0.2m/s,麻痺側単脚支持期割合は平均17.6±4.6%から22.8±6.5%となった。
【考察】発症後1年近くを経過した2症例を含む,全症例においてETMS後に下肢機能改善がみられた。このことから回復期,維持期の患者に対しても適応となる可能性がある。しかし,足関節背屈筋の運動麻痺が重度であった2例では改善が比較的乏しかった。CauraughらはETMSによる随意運動の意図と実際の運動発現の同期化及び感覚フィードバックの強化により長期増強,運動学習効果が得られると報告している。またShinらは脳卒中患者にETMSを実施し,脳の可塑的変化があったことを報告している。ETMSは筋力増強等の通常の電気刺激の効果に加えて,脳の再組織化を促通する治療方法となる可能性があるが,その方法上,随意運動が必要であり,運動麻痺が重度な者においては効果が乏しい可能性がある。また歩行に関してもETMS後に多くの者で改善を示した。Heckmannらは下肢へのETMSは自動足関節背屈角度の改善があるのみであると報告しているが,今回は発症後1年近くを経過した者においても歩行能力の改善がみられた。このことからETMSは歩行能力の改善にも寄与する可能性がある。しかし本研究は症例数が少なく,属性のばらつきが大きく,通常の練習効果や自然回復の影響も考えられた。これらによってETMSの治療効果は不明確となり,歩行能力への影響も明らかではない。今後は症例数を増やし,比較対照群の設定等により下肢へのETMSの効果を検証していく必要がある。
【理学療法学研究としての意義】脳卒中患者に対する様々なリハビリテーション治療の試みがなされている中,ETMSの効果が報告されている。しかしETMSは上肢に実施されており,下肢に対する報告は少ない。今回の結果からETMSは回復期及び維持期脳卒中患者の上肢機能だけでなく,下肢機能及び歩行能力を改善させる治療法となる可能性があるが,運動麻痺が重度な者には効果が乏しい可能性がある。

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© 2011 日本理学療法士協会
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