抄録
【目的】
脳卒中発症患者は年間約35万人といわれ,その中でプラスティック短下肢装具(以下P-AFO)を処方される患者は少なくない.そのほとんどがP-AFOに適した靴が必要となり,装具作成とともに購入している.当院での靴の処方はほとんどが理学療法士(以下PT)に任されており,処方時の留意点や患者のニーズを知る必要性を感じている.しかし,過去に提供者側への調査や患者アンケートを示す報告はない.そこで,より適切な靴の処方を行なう為にも,今回はPTと患者それぞれの靴に対する考え方を明らかにする事を目的に,調査を実施したのでここに報告する.
【方法】
PTと患者の考え方を比較する為、同一の選択式設問が必要と考えた.その為,予備調査として当院PT19名を対象に,質問紙法による自由記載の形式で調査を実施し,「安定性,着脱のしやすさ,材質,外観,フィット感,重さ,値段,入手のしやすさ,左右別売り」という9項目の靴選択の要素が抽出された.この結果をもとにPTと患者のアンケートを作成した. 1.PTアンケート:当院PT19名を対象に質問紙法による調査を実施した.調査期間は2009年10月1日から10月16日までの2週間とした.調査内容は,基本情報として性別,経験年数,具体的内容として抽出された9項目に対して,重要と思われる度合い(以下重要度)と満足度についてそれぞれ5段階リッカート尺度にて回答を求めた. また妥当な靴の金額を5段階の選択式で求めた.2.患者アンケート:当院外来リハビリ科及び装具外来受診のP-AFOを装着した脳卒中片麻痺患者を対象に質問紙法による調査を実施した.調査期間は2009年10月23日から2010年1月22日までの3ヶ月とした.調査内容は,基本情報として性別,年齢,原因疾患,麻痺側,具体的内容はPTアンケートと同様である.今回の調査では屋外歩行レベルの患者を対象に行った為,PTにも屋外歩行レベルの患者を想定して回答してもらうよう,アンケートを作成した.
【説明と同意】
当院PTへのアンケートではスタッフ会議で理学療法士全員へ説明をし,同意を得た上でアンケートを実施した.患者へのアンケートでは,同意書を作成し研究目的,内容について説明をし,サインをもらった上でアンケートを実施した.また,同意書には不参加により不利益が生じないこと,個人情報に関する説明を明記した.なお,本研究は当院の安全倫理委員会にて承認を得ている.
【結果】
1.PTアンケートは19名全員から回答が得られた.男性13名,女性6名,平均経験年数8.0±6.5年,中央値6.0年目であった.2.患者アンケートは33名の回答が得られた.男性25名,女性7名,無回答1名,平均年齢52.1±13.0歳,中央値60歳,原因疾患,脳梗塞9名,脳出血19名,くも膜下出血2名,無回答3名,右麻痺15名,左片麻痺15名,無回答3名であった.PTと患者の結果について5段階リッカート尺度を数値化し,Mann-Whitney検定を行ったところ,値段,入手のしやすさにおいてPTに比べ患者の重要度が高く(P<.05),外観において患者に比べPTの重要度が高かった(P<.05).また,安定性,着脱,外観,フィット感,重さにおいて,PTに比べ患者の満足度が高かった(P<.05).靴の妥当な金額についてカイ二乗検定を行ったところ,PTは7,500円以上10,000円未満が最も多く55.6%であり,患者は5,000円以上7,500円未満が最も多く36.4%で,PTと患者に差がある傾向がみられた.(P<.10)
【考察】
PTと患者の考え方を比較すると,値段,入手のしやすさはPTが考えている以上に患者が重要視している事が示唆された.PTは靴を処方する際に,PTが考えている以上に患者が値段を重視している事を留意しなければならない.また,次回に入手しやすいように購入場所を確認する事などの努力が求められている事が分かった.外観はPTに比べ患者は比較的満足している事が分かった.靴の妥当な金額はPTに比べ患者の方が低い結果となった.現在当院にてよく処方されている靴は,7500円以上10,000円未満が最も多く患者のニーズに答えられていない可能性が高い.最低限の機能性を考慮すると7500円以上10,000円未満の金額の靴が多いのが現状で,今後は安くてより質の高い商品開発が求められている事が考えられる.
【理学療法学研究としての意義】
本研究を行う事により,理学療法士が靴を選択する際の留意点が分かった.理学療法士は患者との考え方の相違を理解した上で、専門的な知見を加えより適した靴を選択していく事が望まれる。また,このような研究活動が,今後より良い靴の研究開発の一助になればと考えている.