抄録
【目的】
脳卒中片麻痺で見られる下垂足は,足関節の背屈筋の麻痺により足部が垂れ下がった状態のことで,麻痺肢遊脚時にトウクリアランスが得られず,分廻し歩行や鶏状歩行の原因となる.従来,脳卒中片麻痺下垂足に対して運動療法が行われてきたが,有効な治療が確立しているとは言い難い.
近年,脳卒中片麻痺下垂足に対する治療として、自動運動と電気刺激を同期させる方法が,足背屈筋力や歩行能力を改善すると報告されている(Lynnne 2007) .しかし,持続的な効果に関して否定的な報告もあり(Kottink 2004),刺激強度や刺激時間,刺激方法には検討の余地がある.
我々は,脳卒中片麻痺に対する治療として,患者の意図した運動を実現させ反復する促通反復療法を考案し,一般的な治療と比較して,4週間で麻痺や麻痺肢筋力,foot tap数が改善することを報告してきた(Kawahira 2004). 本研究では,脳卒中片麻痺下垂足に対して,電気刺激と促通反復療法の併用が足部機能や歩行能力の改善につながるかを検討した.
【方法】
対象者は,下垂足を呈する初発の脳卒中片麻痺患者4名(平均年齢60.0±18.7歳,罹病期間13.1±3.1週) である.除外基準は,重篤な整形外科疾患や高次脳機能障害,心疾患を有するものとした.
研究デザインは,Before-after trialとした.
電気刺激は,電流発生装置(ES-530,伊藤超短波社製)を使用し,施行者が外部トリガー式スイッチを用いて患者の随意運動と同期させた.刺激部位は前脛骨筋(内反し背屈)と長趾伸筋(外返し背屈)のモーターポイントとし、疼痛のない刺激強度(周波数50Hz,パルス幅50μs,振幅50~80mA) で、各筋150回ずつを計20分間行った.理学療法は,通常通り週6回,4週間実施した.
評価は,下肢運動機能17項目34点:Fugl-Meyer Assessment(以下,FMA),麻痺肢筋力6段階100点:Mottricity Index(以下,MI),下腿三頭筋の痙縮6段階0~4:Modified Ashworth Scale(以下,MAS),10m歩行時間(秒),歩行介助レベル5段階0~5:Functional Ambulation Classification(以下,FAC),歩行能力8項目24点:Dynamic Gait Index(以下,DGI) を介入前,2週後, 4週後に行った.歩行評価は,装具を着用して行った.
【説明と同意】
本研究は,鹿児島大学病院医学部・歯学部附属病院臨床倫理委員会の承認を得た上で,全ての対象者に研究の説明を行い,書面にて同意を得た.
【結果】
下肢運動機能に関して、介入前値(平均±標準偏差)と介入前と比較した2週後,4週後の変化値(平均)は,それぞれFMAが17.3±12.0点と+2.3,+3.0の改善,MIが41.3±19.3点と+6.0,+20.3の改善がみられた。
痙縮に関して、MASの大きな変化はみられなかった。
歩行能力に関して,10m歩行時間が21.5±18.3秒と-4.1,-8.1の改善,DGIが8.5±6.6点と+0.5,+2.3の改善がみられた。DGIは歩行が軽介助レベルに改善がみられ、重介助レベルは変化がなかった。FACの大きな変化はなかった.
【考察】
電気刺激の効果として,麻痺筋の促通や筋肥大,歩行能力の向上が報告されており(Bogataj 1995),本研究でも同様の結果が得られ,脳卒中片麻痺下垂足に対する治療法としての有効性が示唆された.今回,足部機能だけでなく歩行速度の改善に至った理由として,足部機能向上が容易なスイングを可能とした可能性が考えられる.
本研究では外部トリガー式スイッチを用いて,容易に電気刺激と自動運動を同期させることが可能であった.施行者が患者の随意運動のタイミングと同期させて電気刺激を加えることで,より効率的に運動性下行路の再建・強化ができ,麻痺の改善を促進することが期待できる.今後は、症例数を増やし検討する必要性がある.
【理学療法学研究としての意義】
本研究は,脳卒中片麻痺下垂足において足部機能を改善させる新しい治療法として期待できると考えられる.