抄録
【目的】
脳室周囲白質軟化症(以下,PVL)の病態として,運動発達遅滞だけでなく,注意や記憶といった認知的側面の問題が指摘されている.子どもの発達において,他者の意図を理解し,注意を共有する共同注意能力は様々な事を社会的に学習していくために重要な役割を果たす.認知運動療法では,運動発達と認知発達は密接に関わっており,認知的側面の評価,つまり子どもが自己身体や対人・対物環境をどのように捉えているかといった内部観察を重要視している.今回,PVL児の認知的側面の問題に働きかけることで,知的面や社会面,手の運動発達に改善がみられたので報告する.
【方法】
対象は,PVLにより四肢麻痺を呈した粗大運動能力分類システム(GMFCS)レベル4の4歳男児.発達評価は,新版K式発達検査(2001)を使用した.介入前は,姿勢・運動(以下,P-M)が10ヵ月で伝い歩きが困難であった.認知・適応(以下,C-A)は1歳2ヵ月で,積み木を2つ積むことやつまみ動作,角板の挿入が困難であった.言語・社会(以下,L-S)は1歳7ヵ月で数語の有意味語が聞かれるが幼児語が多く,言語の模倣も曖昧であった.また「チョウダイ」と言っても玩具を渡すことが難しく,指さしなどもみられなかった.遊びは,社会的参照が少なく自己中心的で,他者が介入しようとすると奇声や他傷・自傷行為がみられた.日常生活では,椅子座位でじっとしていることが難しく,またスプーンの使用が困難な為,食事動作に介助を要した.本症例の問題点として,道具操作が上手く出来ない状況で,自身の運動を修正することなく,外部の対象物を自身に合わせようとする特徴がみられた.その時,自身の手を見ることがほとんどなく,他者がその手に触れても同様であった.また,他者を見る行動(社会的参照)や模倣行動が極めて少なく,共同注意能力の問題が推測された.訓練としては,上肢機能の問題に対し,外部の物と自身が持つ物とを関係付ける課題を実施.上手くいかない問題状況に対峙した際,セラピストが手本となる動作を子どもに見せ,注意を共有する場面を作った.その際,自身の手の動きに視覚的にも体性感覚的にも注意が向けられるように注意を喚起し,自己身体の修正を試みていった.治療は外来にて週一回(約60~90分)の頻度で実施した.
【説明と同意】
今回の発表にあたり,対象児の両親にインフォームドコンセントを口頭にて行い了承を得た.
【結果】
治療開始から5ヵ月後,新版K式発達検査にてC-Aが1歳10ヵ月,L-Sが2歳3ヵ月へと+8ヵ月の発達が得られた.C-Aでは,積み木を3つ積むことやつまみ動作,角板の挿入が可能になった.L-Sでは,有意味語の発語が明瞭になり幼児語が減り,言語の模倣も正確性が向上した.また玩具を渡すことや指さしが可能になり,社会的参照も増え奇声や他傷・自傷行為が大幅に減少した.日常生活では,椅子座位を保持した状態でスプーンの使用が可能になり食事ができるようになった.P-Mは11ヵ月となり,伝い歩きが数m可能となった.道具や玩具の操作時,手を見る機会が増え,上手くいかない状況でも自己身体を修正しようとする行動がみられるようになった.またセラピストとの共同注意場面や社会的参照,模倣行動が増加した.
【考察】
本症例は,認知的側面の自己や他者の身体に対する注意能力に問題がみられた.それに対しセラピストが,手の動き,つまり手の運動覚情報に注意を喚起し,訓練課題を通して子どもがそれを知覚する能力が向上したことによって,物と物を関係付ける際,視覚的に分析した対象物に対して,自身の手の動きをそれに合わせることができるようになったと考える.その結果,食物をスプーンですくうといった食事動作が可能になったと思われる.また共同注意場面で行ったことで,子どもの興味が他者へ向かい,社会性の改善が学習を援助したと考えた.本発表により,PVLの病態を評価するに当たり,目に見える運動の障害をみるだけでなく,本人が捉えている自己身体や対人・対物環境を認知的側面から評価する内部観察の視点を持つことの重要性が示唆された.また,それが運動発達遅滞とどうつながっているのかを仮説立て,検証していく作業が必要である.
【理学療法学研究としての意義】
未だ脳性麻痺児に対する認知運動療法の臨床報告は少ない.本発表は,その臨床展開に寄与するものである.