抄録
【目的】
脳性麻痺児は脳の障害による痙性麻痺のために運動機能障害がおこり、その結果、二次障害として筋委縮や関節拘縮が起こる。特に発育期に生じる筋委縮は、筋組織の発育・発達に悪影響を与え、その後完全な回復をもたらさないといわれている。このため、脳性麻痺児は早期に筋委縮を評価し、治療を行う必要がある。
近年、脳性麻痺児・者の筋委縮の量的評価や理学療法の効果判定の評価法として、超音波画像診断法による非侵襲的な筋の形態の計測が行われている。脳性麻痺児に対する筋の形態の評価は、筋厚、筋束長、羽状角の計測を中心に行われ、その特徴が報告されつつある。
マウスを用いた研究では、発育期の痙性麻痺による筋委縮により、下腿長に対する筋腹長の割合が低下することが報告されているが、評価方法が侵襲的であったため、実際の脳性麻痺児・者の筋の形態の報告はほとんど行われていない。
本研究は、超音波画像診断装置を用いて、最重度の筋委縮を呈する重度脳性麻痺者の筋腹長の測定を行うことを目的とした。
【対象と方法】
被検者は当施設に入所しており、下肢への荷重経験がない重度脳性麻痺者10名(男性4名、女性6名:30~73歳、平均年齢46.4±7.88歳:Gross Motor Function Classification SystemレベルV)とした。対照群は健常成人9人(男性5人、女性4人:21~30歳、平均年齢25.2±2.25歳)とした。測定は左側臥位、膝関節90°屈曲位で右側下腿の測定を行った。はじめに膝窩から外果中央までを下腿長として計測を行った。その後、Bモード超音波診断装置(Sonoace-PICO,Medison,Japan)を用いてヒラメ筋の筋腱移行部、腓腹筋外側頭移行部、内側頭移行部を同定し、それぞれ膝窩からの長さを計測し、下腿長に対する筋腹長の割合を算出した。
統計処理は各被検者群間の比較のためにt検定を行った。統計学的有意水準は5%とした。
【説明と同意】
被検者および被検者の後見人に対し、事前に研究の内容を口頭および書面にて説明し同意を得た。また、本研究に対し、千葉県立保健医療大学および北海道済生会西小樽病院の倫理委員会の承諾を事前に受けた。
【結果】
重度脳性麻痺者と健常成人の群間において、ヒラメ筋、腓腹筋外側頭、内側頭の筋腹長の割合に差がみられた。特に内側頭において有意な差がみられた。
【考察】
従来、脳性麻痺児に対する理学療法は、痙性麻痺を増悪させるために、筋力増強運動は禁忌であるとされてきた。このため、脳性麻痺児の呈する筋萎縮に対する関心は薄く、筋萎縮の評価である、筋の形態・構造の評価や筋力の評価は軽視されてきた。
しかし、近年の研究により、脳性麻痺児に対する筋力増強運動は痙性を増悪させるというエビデンスはなく、筋力を増強することが重要であると指摘されており、筋の形態・構造の評価や筋力の評価などの筋萎縮に対する評価が重要となってきている。
脳性麻痺児に対する筋の形態の評価は、筋厚、筋束長、羽状角の計測を中心に行われているが、筋腹長に関する報告は少ない。マウスを用いた研究では、発育期の痙性麻痺による筋委縮により、下腿長に対する筋腹長の割合が約50%低下することが報告されている。本研究では、健常群との有意な差は認められたものの、マウスと比較して、より小さな低下率であった。また、ヒラメ筋、腓腹筋外側頭、内側頭の筋腹長の割合の低下率は同率ではなく、各々特徴的であった。
よって、脳性麻痺児に対する筋の形態の評価は、筋厚、筋束長、羽状角の計測のみでなく、筋腹長の計測を行うことも意義のあることであると考えた。
【理学療法学研究としての意義】
今後、脳性麻痺児の各粗大運動レベルごとの、(1)発達期における筋の形態・構造の変化に関する研究、(2)発達期における筋萎縮予防のための適切な理学療法の考案のための研究、(3)加齢期における筋の形態・構造の変化に関する研究、(4)加齢期における筋萎縮予防のための適切な理学療法の考案のための研究、などのための貴重な基礎資料となる点で意義のある研究であると考える。