抄録
【目的】頸髄損傷者では、起立性低血圧症状やバランス能力低下のために体幹を傾斜することができる車椅子を使用する場合がある。その車椅子の機構は、大きく座面は固定された状態で背もたれが後方に傾斜するリクライニング型車椅子(以下、リクライニング型)と座面と背もたれの角度は変化せずに座面ごと後方へ傾斜するティルト型車椅子(以下、ティルト型)、その両方を兼ね備えたティルト・リクライニング型車椅子に分かれる。しかし、褥瘡予防の最も重要な座面接触圧からの客観的な評価は、頸髄損傷者では行われていない。今回、リクライニング型車椅子とティルト型車椅子の2種類にて頸髄損傷者の殿部座面接触圧の最高値を指標にその傾斜角度との関係について検討したので報告する。
【方法】平成21年9月以降に当センターに入院した頸髄損傷者5名(男性4名、女性1名)であった。機能残存レベルはC4―C6であり、AIS(AISA Impairment Scale)ではAまたはBであった。受傷からの期間は44.1±68.9ヶ月であり、平均年齢49.2±16.0歳であった。対象者には起立性低血圧症状が起こらないもの、褥瘡の既往がないものを選定した。
【方法】リクライニング型車椅子にはスズキ社製電動車椅子MC-2Bを使用し、ティルト型車椅子にはイマセン社製電動車椅子EMC-230を使用した。なお、リクライニング型、ティルト型ともに背もたれの傾斜角度は電動で操作し、背もたれの左右は均等に動く仕様であった。また、車椅子クッションはROHO1バルブハイタイプ8×8の同一のものを使用した。計測は両型ともに背もたれの傾斜角度が水平面に対して75°60°45°になるものを測定した。測定の手順はリクライニング型75°、60°、45°その後ティルト型75°、60°、45°とし、60°、45°の姿勢は75°から目的の角度に倒して測定した。測定姿勢は、75°乗車時に日常的にとっている姿勢を対象者に確認してもらい、傾斜時には修正しないこととした。座面圧力値の計測には、ニッタ(株)製圧力計測装置Teskcan Pressure Measurement Systemを使用した。計測はクリープ現象を考慮して計測姿勢になってから1分間の姿勢保持をした後に行い、各計測の間には3分間のインターバルをおいた。その後、得られたデータの中から座面最高圧力値を谷本らの方法を用いて算出した。
【説明と同意】この研究は、ヘルシンキ宣言の内容に基づいて、対象者には十分な説明を行った後に同意を得て行われた。また、当センターの倫理委員会の承認を得て実施された。
【結果】リクライニング型とティルト型の各傾斜の角度における左右坐骨部接触圧の最高値(以下、左右坐骨部最高値)の平均と標準偏差(右/左、単位はmmHg)は次に示すとおりである。リクライニング型75°(209.6±86.3/152.8±71.1)、60°(136.4±56.2/152.8±120.1)、45°(100.6±30.6/68.0±13.6)であった。ティルト型75°(173.8±65.8/211.6±149.3)、60°(180.2±72.9/150.2±107.8)、45°(146.6±81.2/120.8±74.3)であった。
【考察】今回のリクライニング型とティルト型では、両方ともに角度が小さくなるほど坐骨部最高値は低い値となった。これは、坐骨部に荷重されていた体重が背もたれなどの他の部分に分散されたことが示されている。また、今回の結果では2種類の車椅子の間では45°の角度にてリクライニング型のほうがティルト型に比べて坐骨部最高値が少なくなっており、これは一般的に報告されている傾向とは異なる結果となった。これはティルト型では、座位の姿勢を崩すことなく傾斜しているのに対してリクライニング型では座位姿勢自体が崩れており、今回の坐骨部周辺の接触圧最高値の計測では座位姿勢が崩れていないティルト型のほうがより高い値が出ていると考えられる。坐骨部最高値の左右差については両方とも角度による一定はなく、この傾向は各症例個別の結果においても同様であった。このことより、車椅子の背もたれを傾斜させることは臀部にかかる左右の荷重バランスを変化させること、つまり体幹・頸部の左右バランスを変化させしていることを示しており、身体が車椅子の一定の動きに対してずれて動いていることを示していると推察する。車椅子の背もたれを後方に傾斜させる場合には、体幹のずれを特に考慮する必要性は文献的にも指摘されており、今回の結果はそのことを示唆させるものと考えられる。今後は、データ数を増やし動作解析的な手法も考慮に入れてこれらの検討を行っていくことが課題と考えられる。
【理学療法学研究としての意義】本研究は、頸髄損傷者に対して多く使用されるリクライニング型、ティルト型車椅子の留意点を明らかにすることにより、頸髄損傷者の理学療法をより安全に、客観的に施行することができる。