抄録
【目的】
頸部深層屈筋は、身体内における頸部の位置関係を把握し、頸椎前弯維持や体性感覚による身体内イメージ形成に関与する。Boyd-Clarkらは、4~77歳の筋生検では、頸長筋はtypeIIよりtypeIの比率が多いことを報告しており、Conleyらは、頭長筋や頸長筋の機能は姿勢制御や分節間のコントロールに重大な役割をもつことが述べられている。頸椎疾患の外科的介入では頸部深層に位置する大後頭直筋、下頭斜筋、頸半棘筋、多裂筋、および棘間筋を温存する白石法や黒川法などの筋温存術が主流となり、深層筋群の重要性が伺える。しかし深層筋群に対して組織学的な研究はみられるが臨床で評価する際、深部筋機能を簡潔に定量化している研究は少ない。また高齢者に対して、円背などの変形が生じており評価自体が困難となることも少なくない。今回、頸部深層屈筋の固有受容器を介して簡潔に定量化した評価が可能か高齢者群と若年者群に分け、比較検討を行ったので報告する。
【方法】
対象者は頸部に既往のない健常男性高齢者11名と若年者21名(男性12名、女性9名)とした。年齢は高齢者79.7±4.2歳、若年者27.4±6.16歳、身長は高齢者161.2±5.8cm、若年者167±9.94cmであった。測定方法は、端座位でレーザーポインターを頭部上に固定し、90cm離れた壁と平行になるように投射した。正面を向いた状態で壁に印をつけ、頸椎回旋を自動運動にて実施した。開眼で確認を行った後、閉眼して頸部回旋動作を実施し、中心部からの変位を計測して頸部に関する固有感覚の検査とした。筋力面に関しては、頸部深層屈筋を評価する方法として空気圧を利用したプレッシャーバイオフィードバック(TYATTANOOGA社製stabilizer)を背臥位にて頸椎下に設置し、顎を引く運動を行わせた。被験者は頭部を押し付けるのではなく、頸部前弯を減少させるように頷くことで圧力計が20,22,24,26mmHgを指すように4段階行った。それぞれの段階での動作を10秒間保持し、その動作の可否を計測した。頸部粗大筋力に関しても評価するためハンドヘルドダイナモメーター(Jtech Medical社製Power TrackII Commander、以下HHD)を使用し、stabilizer同様の肢位で最大筋発揮にて測定した。統計解析はSpearmanの順位相関、Mann-WhitneyのU検定、カイ二乗検定を用い、有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】
対象者には研究の趣旨を文章および口頭で十分に説明した後、書面にて同意を得た。
【結果】
HHDは高齢者で77.3±36.2N、若年者では94.6±36.12Nとなり有意差は認められなかった。stabilizerに関しては、20mmHg保持可能が高齢者2名、若年者19名となった。22、24、26mmHgに関しては高齢者全員が不可能、若年者では22mmHg保持可能15名、24mmHg保持可能11名、26mmHg保持可能7名となり、20mmHgに関しては有意差が生じた(p<0.001)。レーザーポインターによる投射点の誤差に関しては、高齢者で28.92±13.04cm、若年者では18.11±9.12cmとなり有意な差が認められた(p<0.05)。またHHDと投射点の誤差では著名な相関は得られなかった。stabilizerにて20mmHgの可否と投射点の誤差では有意差が認められた(p<0.01)。
【考察】
McPartlandらは、萎縮した筋は固有受容器の出力を低下させると報告し、Uhlingらは、筋線維の変化は頸椎深層屈筋に初期に起こると述べている。そのため年齢により筋線維がtypeIからtypeIIに退行性変化を起こすことによって頸椎深層屈筋は固有受容器の機能が低下し、レーザーポインターによる投射点の誤差が生じたと考える。また固有受容器は、筋の長さを感受する筋紡錘やわずかな運動や運動の加速度を感受するパチニ小体、他には関節受容器、皮膚受容器、自由神経終末に有する。パチニ小体は環椎十字靭帯や翼状靭帯、歯尖靭帯に存在し、環椎・軸椎に付着する後頭下筋群の収縮に対して受動的に作用したと考える。岩村らは、位置感覚について関節受容器はほぼ関与せず筋紡錘による影響が大きいと述べている。そのため自動運動による回旋動作を用いたレーザーポインターによる投射点の誤差と上位頸椎屈曲動作を用いたstabilizerに有意差が認められたのは、両動作に作用し、筋紡錘が多数存在する後頭下筋群が強く関与したと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
臨床における頸部深層屈筋の機能評価は簡潔に客観性を持つことが困難である。また円背など変形を有する患者では評価自体が難しい。今回、レーザーポインターを使用し、固有受容器を通して頸部深層屈筋に対する簡潔な比率尺度の評価として臨床試験の基礎になり得ると考えられる。