抄録
【目的】頚髄損傷により四肢麻痺を呈する者にとって、移動手段である車椅子に自分で移乗・移動できるという、特に、側方移乗の自立は、車椅子のみならずトイレや車への移乗を可能とし生活範囲を拡大し生活の質を高める。これまでの報告において、上腕三頭筋が機能すればほぼ獲得可能とされているが、上腕三頭筋の筋力低下のある者でも獲得可能であり、その具体的な運動機能について調査することが、獲得の一助となると考える。これまで長座位と移乗能力についての関連性は報告されているが、側方移乗は端座位での動作であり、端座位での動的な運動能力が重要と考える。第44回日本理学療法学術大会において第6頚髄損傷者(以下C6頚損)の側方移乗獲得における肩甲骨の運動の重要性について報告した。そこでは、Zancolli分類C6B3を含んでの検討であったため、今回は上腕三頭筋が機能しないZancolli分類のC6B1およびC6B2に限局して、端座位能力が側方移乗に及ぼす影響について端座位プッシュアップ時の上肢と脊柱の運動に着目し検討した。
【方法】完全第6頚髄損傷者7名(C6B1;4名、 C6B2;3名、平均年齢36.3±6歳、受傷後経過期間15.3±5.7年)を対象に、各関節指標にマーカーを貼付したのち端座位でのプッシュアップ動作を6台のデジタルビデオカメラで撮影し、周波数60Hzで取り込み分析した。解析にはビデオ式三次元動作解析装置ToMoCo VM(東総システム社製)を用いた。プッシュアップ時の運動指標として、手部の位置(矢状面、前額面)、殿部挙上高、殿部挙上保持時間と垂線に対する頚部角(頭頂と第7頚椎棘突起を結ぶ線との角度)、体幹前傾角(両側の肩関節中点、股関節中点を結ぶ線との角度)、上位胸椎屈曲角(第7頚椎棘突起と第7胸椎棘突起を結ぶ線との角度)、上肢角(肩関節と手関節を結ぶ線との角度)の角度変位および角速度を調べ、移乗の獲得への関連性について調査した。統計学的処理は、側方移乗獲得因子の検討についてはMann-WhitneyのU検定を、プッシュアップにおける各指標間の関連性についてSpearmanの順位相関係数を用い、有意水準を5%として検討した。
【説明と同意】本研究は、大阪府立大学総合リハビリテーション学部研究倫理委員会の承認を得て、被験者には書面にて説明し同意を得た上で実施した。
【結果】側方移乗獲得因子の検討として獲得群3名(C6B1;3名)と非獲得群4名(C6B1;1名、C6B2;3名)に分け比較した結果、殿部挙上高にのみ有意差を認めた(p<0.05)。また、一連の動作の比較により、非獲得群では殿部挙上時の上肢角は変位が小さく最大挙上に向け一定になる傾向が示された。プッシュアップ動作における各指標の関連性は、殿部挙上高と上位胸椎屈曲角(r=0.893、p<0.01)および体幹前傾角および上位胸椎屈曲角の角速度と殿部挙上保持時間(r=‐0.918、p<0.01)に相関を示した。動作における特徴として、体幹の前傾角速度(26.1±14.4°/sec)より上位胸椎屈曲角速度(39.5±9.7°/sec)が大きく殿部最大挙上時直前に最大となった。
【考察】プッシュアップや移乗など動作において肘関節を伸展し安定性に寄与する上腕三頭筋の機能は重要である。その上腕三頭筋に麻痺のあるC6頚髄損傷者にとって、その機能の代償方法の確立が動作の獲得に重要な要素となる。今回の結果から、殿部挙上に手関節の部位や上肢角、体幹前傾角は寄与しなかった。このことは、端座位は長座位と比較し狭い支持基底面であるため、重心の前方移動における屈曲トルクに対する上腕三頭筋の制御の代償としての運動範囲の減少と考える。むしろ固定に寄与しその分上位胸椎屈曲角度を増大することで上方への力を産出したと考えられる。また、動作においてほぼ全症例において殿部の挙上の前に、上位胸椎の屈曲方向への角速度の増大を認め、殿部の挙上には角度変位のみでなく角速度も重要であることが示唆された。しかしながら、角速度と殿部挙上保持時間とに負の相関が示され、角速度の増大にはバランス能力が要求されることも示唆された。
【理学療法学研究としての意義】側方移乗獲得の境界であるC6頚損者のプッシュアップ動作を分析、関連因子を決定付けることで側方移乗獲得に向けた動作訓練として、上位胸椎の運動の重要性が示されたと考える。