抄録
【目的】
運動イメージ(以下MI)を利用したMIトレーニングは、アスリートを中心に行われてきた。近年では、脳卒中や難治性疼痛などの疾患でも用いられており、その有益性が報告されている。それらに加えて、脊髄損傷者(以下SCI)へもMIトレーニングの導入が検討され始めている。SCIのMI研究では、Alkadhiら(2005)がfMRIを使用した実験で下肢のMIが残存していることを明らかにした。MIトレーニングの臨床研究では、Moseley(2008)が、麻痺域に神経因性疼痛を有する対麻痺者へバーチャル歩行トレーニングを実施し、疼痛強度が低下することを報告した。それとは対照的に、Gustinら(2009)は、MIトレーニングによって、疼痛強度が増加することを報告しており、対立した結果が示されている。SCIのMIは、脳イメージング研究によりMIが保存されていることは明らかにされているが、臨床研究での異なる結果に対する明確な根拠は示されていない。その理由の一つとして、詳細なSCIのMI能力の検討が不足していることが考えられる。そこで本研究では、SCIを損傷タイプ別に分類し、MIの特徴とそれらに影響する要因について明らかにすることを目的とする。
【方法】
SCI群としてSCI26名 (45.0±16.1歳)と健常群として健常成人12名(29.3±7.5歳)が、実験に参加した。SCI群は、四肢麻痺19名と対麻痺7名が参加した。実験手順は、MIスクリーニングテストを行った後、適合基準を満たした者にのみMI能力を測定した。MIスクリーニングテストには、Time-dependent motor imagery screening test(Malouin 2008)を使用した。このテストは、座位姿勢で前方に提示された台へ下肢を到達させる運動のイメージを求め、15秒、25秒、45秒間のイメージ中の運動回数を測定する方法である。適合基準は、それぞれの時間に応じた運動回数の増加を認めた場合とした。次に、MIの評価にはThe Kinesthetic and Visual Imagery Questionnaire(以下KVIQ)を使用した。KVIQは、10種類の運動を視覚イメージと運動感覚イメージの2種類でMIの鮮明度を測定する評価法である。比較1では、SCI群と健常群で合計したKVIQスコアを「損傷の有無」と「MIの種類」を水準とし、二元配置分散分析を使用し比較した。比較2は、SCI群を完全損傷群と不全損傷群に分類した「損傷タイプ」と「MIの種類」、KVIQスコアを上肢、下肢、体幹の3項目に分類した「身体部位」を水準とし、三元配置分散分析で比較した。比較3は、KVIQの下肢項目のスコアを抽出し、健常群、完全損傷群、不全損傷群の3群間で視覚イメージと運動感覚イメージのそれぞれでKruskal-Wallis検定を用いて比較した。各比較において有意差の認められた場合には、Steel-dwassの方法を使用し事後検定を行った。比較4では、完全損傷群と不全損傷群で、American spinal cord injury association の分類(以下ASIA)の下肢項目の運動スコアと感覚スコアを抽出し、T検定を用いて比較した。加えて、日常生活での移動手段を調査し割合を算出した。なお、いずれの検定も有意水準は、5%未満とした。
【説明と同意】
実験への参加は、全参加者へ書面にて研究趣旨と内容について説明し同意を得た。
【結果】
比較1:「損傷の有無」で有意差が認められ、事後検定ではSCI群でスコアが有意に低下していた。比較2:「損傷タイプ」と「身体部位」で有意差が認められた。事後検定では、完全損傷群より不全損傷群で有意にスコアが低下し、身体部位の比較では体幹より下肢で低下していた。比較3:視覚イメージと運動感覚イメージのいずれにおいても有意差が認められ、両イメージで健常群より不全損傷群で有意にスコアが低下していた。比較4:不全損傷群で運動スコアと感覚スコアの両方で有意に高い値であった。移動手段の割合は、完全損傷群では車いすが100%であったのに対して、不全損傷群の23%のみが歩行であった。
【考察】
今回の結果からMI能力に脊髄損傷が影響し、下肢のMIが低下していることが明らかにされた。これは、SCI群で移動手段の多くが車いすであったことから下肢の不使用が推測され、下肢の不動がMIを低下させるMalouin(2009)の報告を肯定する結果であった。それらに加え、不全損傷者の下肢のMIが低下していることが示された。これは、完全損傷者より不全損傷者においてASIA 運動スコア、感覚スコアともに高い値であったことから、部分的な身体機能の残存が運動イメージの生成を困難にしている可能性が考えられた。
【理学療法学研究としての意義】
脊髄損傷者へのMIトレーニングには、脊髄損傷のタイプ、使用する身体部位、下肢の使用頻度を考慮する必要が考えられる。加えて、不全脊髄損傷者では、MIの生成能力が低下しており、さらに詳細な病態の分析が必要である。