抄録
【目的】
投球障害肩における腱板機能や肩甲胸郭機能の重要性は多く報告されているが、筋力に関しては、腱板筋力についての報告は多く見うけられる一方で、肩甲骨周囲筋に関する報告は少ない.また、臨床において、投球障害肩における肩関節機能低下のひとつに肩甲骨周囲筋(内転、下制内転)筋力の低下を認める事も多いが、野球選手の肩甲骨周囲筋の筋力に関して明確な指標はない.本研究は、高校生野球選手の肩甲帯周囲筋の筋力特性を明らかにすることである。
【方法】
対象は肩、肘に症状の無い投球可能な高校生の野球選手20名(年齢15.5±0.5歳,身長172.6±6.0cm,体重66.0±6.5kg)とした.測定姿勢は腹臥位にて、肩甲骨内転筋力が肩関節90°外転位、前腕中間位とし, 肩甲骨下制と内転筋力は肩関節145°外転位、前腕中間位とした。測定には自家製ベルトで固定したHOGGAN HEALTH INDUSTRIES社製MICROFET2(以下,HHD)を用い、体幹部も自家製ベルトにて固定した。HHDセンサー部は各測定肢位にて肩甲棘の長さを計測し、その距離の1/2より下方3cmの棘下窩にセンサー部をあて固定用ベルトで固定し,体幹部も代償を防ぐため固定し測定した.各筋力測定は約5秒間の最大努力による等尺性収縮運動を30秒以上の間隔をあけて3回施行し,平均値を算出した.測定方法については検者内信頼性(以下ICC1,1) 肩甲骨内転筋群は0.97,肩甲骨下制と内転筋群は0.93および検者間信頼性(以下ICC2,1) 肩甲骨内転筋群で0.79, 肩甲骨下制で0.80であることを確認し測定を開始した。検討方法は肩甲骨内転筋力、下制と内転筋力の筋力値を投球側、非投球側で比較した。統計学的解析にはSPSSver12.0のMann-WhitneyのU検定を用い、各々の危険率は5%未満を有意とした.
【説明と同意】
本研究は当院倫理委員会の承認を得た研究であり,被験者には研究の主旨と方法について十分に説明し,承諾を得て実施した.
【結果】
肩甲骨内転筋力においては、非投球側151±61.4N、投球側191.2±62.81N(P<0.038)であり、投球側の筋力が有意に高値であった。また、肩甲骨下制と内転筋力は、非投球側132±31.6N、投球側170.1±45.31N(P<0.01)であり投球側の筋力が有意に高値であった。
【考察】
野球選手の投球側における肩甲骨内転筋力、下制と内転筋力が強い傾向を示していた事は、投球動作において肩甲骨の翼状を抑え、上方回旋をスムースにするための安定性として働いている事が考えられる。また、繰り返し投球することにより筋が強化されたと考えられる.非投球側よりも投球側の筋力が強い傾向にあることは、臨床においても野球選手が本来持ち合わせている筋力と考えることができ、投球障害肩に対する筋力評価の一助となることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
野球選手における身体特性として、肩関節、肩甲帯、股関節の柔軟性・腱板筋力などの機能低下に関する報告は近年多くみられる.腱板機能や肩甲胸郭機能の重要性が述べられる一方で、肩関節内外旋筋力については多くの研究がなされているが、肩甲骨周囲筋については少なく、野球選手の肩甲骨周囲筋の筋力については明確なものは少ないのが現状である.肩関節の動的安定性の一端を担う肩甲骨周囲筋の筋力指標を明確にすることは、インナーマッスルとアウターマッスルの筋バランスや肩甲骨の制動能力評価として投球障害肩に対する評価として意義があるものと考える.