抄録
【目的】人工股関節置換術(以下,THA)後早期においては,股関節機能の低下や膝関節伸展筋力の低下などの運動機能の低下が認められている.一般に,股関節外転筋は前額面上での骨盤の安定化に重要な役割を果たし,膝関節伸展筋力は立ち上がりや階段昇降などの日常生活動作(以下,ADL)において重要な役割を果たしていると言われている.このため,THA術後においては,運動機能の向上とともにADLの改善を図るために,術後早期よりOpen kinetic chainとClosed kinetic chain(以下,CKC)での筋力トレーニングを実施している.THA術後におけるCKCでの筋力トレーニングとしては,片脚立位,スクワット,ランジ,段差昇降などが挙げられる.しかし,これらのトレーニング時における下肢筋の筋活動を計測した報告はなく,目的とした筋の収縮が得られているかどうかは明らかとなっていない.そこで,本研究の目的は,臨床場面で実施されることの多いCKCでの筋力トレーニングの筋電図学的分析を行い,運動機能の向上のためにより有効なトレーニング方法を検討することである.
【方法】対象は初回THAを施行され術後4週が経過した16名(男性3名,女性13名,年齢56.1±11.7歳,BMI22.0±3.0kg/m2)とした.全例において,手術方法は前外側アプローチ法で荷重制限はなく,術後に同様のプロトコールにて理学療法を実施した.また,歩行や各動作時には特に痛みを訴える者はいなかった.測定課題は,術側を支持脚とした前方への昇段動作,側方への昇段動作,片脚立位,および快適速度での歩行の4条件とした.前方への昇段動作では段差に対して正面に立ち,側方への昇段動作では段差に対して横向きに立ち,術側下肢を10cm台に乗せた肢位を開始肢位とし,術側の股関節と膝関節を伸展させて前方と側方への昇段動作をそれぞれ5回ずつ行わせた.なお,段差昇降の速度を一定とするために60Hzのメトロノームを用いた.また,歩行に関しては,杖などの歩行補助具を用いない条件とした.測定筋は術側の大腿直筋(以下,RF),中殿筋(以下,Gm)とし,測定には表面筋電図計Data LINK(Biometric社製)と電気角度計を使用した.昇段動作では測定側の膝関節が伸展を開始し最終伸展位になるまでの筋活動を,片脚立位では5秒間行い安定した3秒間の筋活動を,歩行では快適速度での1歩行周期の筋活動を二乗平均平方根により平滑化した.その後,各筋の最大等尺性収縮(MVC)時の筋活動を100%として各測定値を正規化し,%MVCを算出した.統計学的分析には,Friedmanの検定後にWilcoxonの符号付順位和検定を実施しBonfferoni法で修正した多重比較法を用いた.なお,統計学的有意基準はすべて5%未満とした.
【説明と同意】ヘルシンキ宣言に基づき,各対象者には本研究の趣旨ならびに目的を詳細に説明し,参加の同意を得た.
【結果】各動作におけるRFの%MVCは,前方への昇段動作で46.8±25.1%,側方への昇段動作で59.4±34.3%,片脚立位で25.0±15.8%,歩行で30.7±20.5%であった.多重比較の結果から,RFの%MVCは,側方への昇段動作において他の3つの動作に比べ有意に高い値を示し,前方への昇段動作において片脚立位,歩行に比べ有意に高い値を示した.また,各動作におけるGmの%MVCは,前方への昇段動作で40.6±17.6%,側方への昇段動作で55.1±24.6%,片脚立位で60.7±28.2%,歩行で48.5±23.9%であった.多重比較の結果から,Gmの%MVCは,側方への昇段動作において前方への昇段動作に比べ有意に高い値を示し,片脚立位において前方への昇段動作と歩行に比べ有意に高い値を示した.
【考察】本研究の結果より,片脚立位において中殿筋の筋活動は最も高い値を示したが,大腿直筋は最も低い値を示した.一方,側方への昇段動作時では,中殿筋と大腿直筋ともに前方への昇段動作や歩行よりも高い筋活動を得られることが明らかとなった.以上から,THA術後早期におけるCKCでの筋力トレーニングとして,側方への昇段動作は運動機能の向上のために最も有効なトレーニング方法であることが示唆された.
【理学療法学研究としての意義】本研究の結果から,THA術後早期における側方への昇段動作は,より効率的な運動機能の向上ならびにADLの改善につながる筋力トレーニングであることが示されたことから,理学療法学研究として意義のあるものと考えられた.