抄録
【目的】
臨床において,関節可動域や筋力,姿勢や動作といった客観的所見に変化がないにも関わらず,理学療法介入前後の訴えの変化が著しい症例を経験することがある.そのような症例においては,必ずしも身体的な因子のみならず,何らかの心理的因子の変化がもたらされていることが推測される.特に,近年では腰痛症と心理的因子の関連性が指摘されており,腰痛症例においてはその訴えを身体的因子だけで解決するのは困難な印象がある.佐藤らは,心理的危険因子を簡易的にスクリーニングする目的で,Brief Scale for Phychiatric Problems in Orthopaedic Patients(以下,BS-POP)を作成し,この検査で陽性となる例は精神医学的に問題のある場合が多いことを報告している.本研究では腰痛症例に対してBS-POPを用い,理学療法介入前後の症状の変化に精神医学的問題が関与しているかを調査した.
【方法】
対象は,当院外来に通院する腰部疾患患者54名(女性43名,男性11名,平均年齢65.1歳).疾患の内訳は, 変形性腰椎症15例,腰痛症13例,腰部脊柱管狭窄症6例,坐骨神経痛4例,腰椎椎間板ヘルニア4例,その他12例である.精神医学的問題を評価する項目としてBS-POPテスト(患者用,医師用),理学療法介入のアウトカムとしてはVisual Analog Scale(以下,VAS)を用いた.調査内容は,理学療法開始前にBS-POPテスト(患者用),VASを計測し,理学療法介入後に再度VASを計測した.その後セラピストがBS-POPテスト(医師用)への記入を行った.BS-POPは陽性例と陰性例に分けられ,陽性例は患者用15点以上かつ医師用11点以上であり,それ以下の点数を陰性例とするものである.本研究では,測定された結果より,BS-POP陽性群と陰性群に分類した.また,発症時期による即時効果を比較する為,起算日から90日以上経過した慢性期群,90日以内の急性~亜急性期群に分類し,群間の理学療法介入前後のVASを比較した.統計解析には二元配置分散分析を用いた.
【説明と同意】
ヘルシンキ宣言に基づいた本研究の趣旨について十分説明を行い,同意を得た上で本研究を行った.また,当院の倫理委員会に本研究の趣旨を説明し,了承を得た上で実施した.
【結果】
二元配置分散分析の結果,期間に有意な主効果が認められ,BS-POP陽性群,陰性群共に理学療法介入後は有意にVASが減少した(p<0.05).しかし,期間と群の有意な交互作用は認められず,両群間のVASの変化は認められなかった(p<0.05).
【考察】
今回の結果では,すべての群において理学療法介入後のVASの値が低下する結果となった.つまり,精神医学的問題の有無,発症時期に関わらず,理学療法介入による即時的効果が認められた.ただ,今回示された理学療法介入後のVASの低下は,あくまで即時的効果であるため,長期的な症状改善へと繋がるかは定かではない.しかし,梅野らによる腰部疾患患者を対象とした調査では,初診時とfollow-up(3.5±1.5ヶ月)時のVASを計測し,両時期共にBS-POP陽性群のVASが有意に高いことを報告している.今回は理学療法介入におけるVASの推移に精神医学的な関与を検証するまでには至らなかったが,陽性群・陰性群の両群共に一定の即時効果があることが示唆された.今後は長期的な経過をみていくことで,その有用性を追求していきたい.
【理学療法学研究としての意義】
腰部疾患患者に対して,理学療法介入は即時的なVAS低下に有効であることが示唆された.今後は長期的な症状の変化,それに付随して生じる心理面の変化に着目し,理学療法効果を検証していきたい.