理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: PI1-322
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ポスター発表(一般)
ラット膝前十字靭帯新鮮損傷の保存療法モデルの組織学的検討
国分 貴徳金村 尚彦森山 英樹島村 亮太井原 秀俊高柳 清美
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抄録
【目的】
膝前十字靭帯(以下ACL)損傷の発生頻度は非常に高く,その治療に際しては,世界的に見ても手術療法が現在のゴールドスタンダードである.その理由としてACL実質部の血行が乏しいことや,完全断裂時に治癒するためのscaffold(足場あるいは鋳型)がないことにより,ACL自体の自己治癒能が低いことなどがこれまで報告され,完全断裂においては保存的に治癒する可能性は低いと考えられている.一方で膝前十字靭帯損傷の新鮮例に対する保存的治療法として井原ら(1987)は,装具を使用し膝関節の異常運動を制動することで完全断裂においても保存的に治癒することを臨床モデルとして報告したが,治癒した靭帯の機能についてはいまだ不明であり,その結果にばらつきがあることなどから保存療法は治療の一選択枝とはなりえていない.しかし,理学療法の視点からみると井原らの報告は,損傷後も膝関節の正常な関節運動を維持することでACLの自己治癒能を賦活することにより治癒を得ており,その臨床的意義は非常に高い.本研究では,ラットACL損傷保存療法モデルを作製し,保存的に治癒した靭帯を対照群と比較し検討することで,保存療法の可能性について検討することを目的とした.

【方法】
本実験は,埼玉県立大学動物実験実施倫理委員会の承認を得て行った.Wistar系の雄性ラット(16週齢)18匹を対象とし, Ope,Sham,Controlの3群(各6匹)に分類した.Ope群に対して,麻酔下にて右膝関節のACLを外科的に切断し,徒手的に脛骨の前方引き出しを行いACLが完全断裂していることを確認した.続いて膝関節の異常運動を制動するため,脛骨粗面下部に骨トンネルを作製し,同部と大腿骨遠位部顆部後面にナイロン製の糸を通して固定することで大腿骨に対する脛骨の前方引き出しを制動した.Sham群に対しては,脛骨骨トンネルの作製と膝関節包の切開と縫合を行った.Control群は何も介入を行わなかった.術後はゲージ内にて自由飼育とし,水と餌に関しても自由摂取とした.術後8週経過時点で屠殺して膝関節を摘出し,4%パラホルムアルデヒドにてover nightで固定,その後10%EDTAに4週間浸潤させ脱灰し凍結包埋した.その後クリオスタットにて16μmの厚さで薄切し,ヘマトキシリン-エオジン染色を行い,各群の組織像を比較した.

【結果】
Ope群においてACLの自然治癒を確認した.断端部周囲では,Sham群やControl群では見られない組織の増殖が確認され,正常な靭帯で確認される均一な形態を呈してはいないものの,大腿骨付着部から脛骨付着部までの連続性は確認された.しかし,治癒部のコラーゲン線維の不連続性と配列の不整などが観察され,核の配列や線維の走行は未だ不整であった.

【考察】
これまで,前述の理由からACL損傷の完全断裂においては,保存的に治癒することは難しいと考えられてきた.この点については,ヒトに比べて比較的治癒能力の高い実験動物においても,同様の報告は多数なされており,保存的には治癒しないと考えられてきた.今回のモデルにおいては,前述したACLの保存的な治癒に対するネガティブな因子は同様の条件であるにもかかわらず,異常運動を制動するという一点を加えただけであるが,保存的に治癒することが明らかとなった.このことは,これまでACLの自己治癒能が低いことに関連する因子が多数報告されているが,これらの考え方を大きく転換しうるものであり,臨床的意義は非常に高い.今後は,治癒した靭帯の力学的な強度について検討することで,ACL損傷に対する保存療法の有効性を明らかにすることができると考えている.

【理学療法学研究としての意義】
ACL損傷と同様に膝関節周囲の靭帯で損傷頻度の高い内側側副靭帯においては,1980年代にWooらを中心とした動物モデルによる保存療法の有効性が多数報告されたことで,臨床における治療法がそれまでの外科的修復から保存療法に変遷していった経緯がある.ACL損傷においては,同年代に井原ら(1987)が臨床モデルとして特殊な装具を使用して保存的にも治癒する可能性を報告したにも関わらず,現在まで保存療法の可能性には否定的な見解が多い.今後,今回の動物モデルにより保存療法が確立していくことが出来れば,内側側副靭帯同様に臨床における治療法に再考をもたらす可能性がある.また今回のモデルにおいては,ACL損傷後に保存的に治癒するために正常な関節運動を維持することにより治癒を獲得しており,このことは理学療法士が非常に重要な役割を有していることを示している.ACL損傷の保存療法が治療法の一選択枝として確立し,理学療法士がその中核をなす必要性が証明されれば,職域の拡大に繋がると考えられ,その臨床的意義は非常に高い.
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© 2011 日本理学療法士協会
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