抄録
【目的】
後外側支持機構損傷(以下、PLC損傷)は稀にしか遭遇しない外傷であり、機能解剖的にも複雑である為、治療方法の選択に難渋する事が多い。しかしながら、PLC損傷が見逃されたり放置されたりした場合、残存する膝関節機能障害も大きい。後外側支持機構は、静的支持機構である外側側副靱帯、弓状膝窩靭帯、関節包靭帯、動的支持機構である大腿二頭筋、膝窩筋、腓腹筋外側頭、腸脛靭帯からなる。また、これらが損傷する事によって膝関節の内反動揺性や回旋動揺性が出現する。今回、復職支援目的で外来リハビリを始めた脳出血後遺症の患者に、前十字靭帯損傷(以下、ACL損傷)、PLC損傷が認められ、理学療法介入、装具作成が有効であったため、症状と経過について報告する。
【方法】
症例は30代男性。平成19年3月脳動脈奇形による脳出血で右片麻痺となった。平成20年3月A病院を退院し、その後A病院の通院リハビリ開始。同年10月から脳動脈奇形の手術のため、入退院を繰り返していた。平成21年9月当院の外来リハビリを開始した。脳動脈奇形発病以前の既往歴では、中学校時代に卓球をしていて転倒し、近医で血腫を穿刺しており、以降、時々膝崩れを自覚していた。左膝の不安定性の評価では、前方引き出しテスト、Dial test、内反ストレステストが陽性で、ACL損傷、PLC損傷と診断された。治療は、手術が望ましいと思われたが、脳外科治療中のため施行できず、理学療法と装具療法を実施した。理学療法介入当初、左足で踏ん張れないという訴えが強く、床上動作や階段昇降が困難であり、歩行の耐久性は低く、職場で支障をきたすと考えられた。立位時の左下肢アライメントは、反張膝で腰椎前彎増強し、膝関節の安定性を後方関節包やハムストリングスに依存。歩容は、荷重時痛の影響で左立脚期が短く、踵接地直後にtoe inし、下腿の内旋とknee outが確認できた。また時々、giving wayにより、膝内反しながら崩れるという特徴があった。装具はDONJOY社製のDefianceをオーダーメイドで作成し、膝継ぎ手の可動性は膝伸展-5°、膝屈曲120°とした。理学療法では、パターン化した歩容を改善し疼痛を軽減することを目標として、関節可動域運動、筋力増強運動、感覚入力、歩行練習、を週1回実施し、経過を追った。なお、可能な範囲で歩行練習を自主トレーニングとして実施してもらい、装具作成前と装具作成後5ヶ月で周径、粗大筋力、疼痛、歩容を評価し比較した。
【説明と同意】
本研究にあたり、病院倫理委員会において、ヘルシンキ宣言等倫理上の問題について審議を受け、対象者へ説明の上同意を得た。
【結果】
周径、粗大筋力、疼痛、歩容の各項目において改善がみられた。周径では、大腿周径膝蓋骨上縁より5cm、10cm、15cm、下腿最大周径を測定し、各部位にて約1~3cm増加した。粗大筋力では、左下肢股関節伸展、膝関節屈曲、伸展、足関節背屈においてMMTが2から3へ、左下肢股関節外転はMMT3から4へ向上した。疼痛は、VASにて8/10から2/10と軽減した。歩容は、装具使用後5ヶ月では、左膝関節軽度屈曲位での支持が可能となり、giving wayの出現頻度が減少した。そのため職場内の移動でも疼痛が無くなり、現在は職場復帰可能となった。
【考察】
本症例は、脳外科治療中のため、積極的な整形外科的精査と手術が行えずに、理学療法介入にて、機能障害軽減を試みたものである。受傷のきっかけは中学校時代と推測され、膝に異常を感じながらも、それに配慮せずに通常の生活を送っていたことで、関節構成体に二次的な影響を与えたと考える。PLC損傷は稀であり、本症例のように長期間放置されている症例も少なくない。本症例は、片麻痺症例における支持脚のPLC損傷の極めて稀な例で、理学療法においても膝靱帯のメカニズムを熟知し、下肢の動的アライメントの修正にも注意を払うことが重要であると思われた。理学療法介入により、筋再教育が促され、膝関節の安定性が向上し、他関節の自由度が向上したことで、歩容の改善に効果があったと考える。装具療法は本症例において、疼痛軽減、筋力増強が確認できたが、恒久的安定性においては懐疑的である。今後も長期的な評価とフォローが必要な症例である。
【理学療法学研究としての意義】
ACL・PLCの複合損傷の稀な症例であるため、症例報告の積み重ねが必要であり、理学療法介入、装具作成の効果が得られたことは、理学療法研究としての意義があると考える。