抄録
【目的】
理学療法をおこなううえで痛みを把握することは、その程度ならびに効果判定においてきわめて重要である。臨床場面において、痛みのある患者は痛みそのもの、またはその恐怖から正常時と比較し関節を速く円滑に動かすことができない。本研究の目的は、主観的感覚である痛みを、客観的に評価する試みとして加速度計を用いた評価が臨床上有用であるかについて検討することであった。【方法】
対象者は外来患者で、リハビリテーションを必要とする独歩可能な内側型変形性膝関節症(膝OA)と診断された女性20名、年齢は69.0±10.6 歳であった。また、すべての対象者は、膝OAのKellgren-Lawrence分類のII度で、左右いずれか片側の大腿脛骨関節内側に変形が認められ、対象者全員が膝関節に痛みを有していた。
我々は関節モビライゼーションによる介入を疼痛が軽減したという心理的効果を除外する目的で、健側と患側の両側において介入を行った。介入前には主観的評価であるVisual Analog Scale(VAS)を用いて痛みの程度を評価した。次に、対象者の膝関節裂隙から10cm下の下腿外側の中央部に3軸加速度センサーCXL10GP3(クロスボー株式会社)を貼付した。対象者に5秒間隔で5回膝関節を伸展させ、その間加速度計測を行った。加速度は,1秒間に変化する速度の変化量とし、単位はG(9.81m/ss)であった。サンプリング周波数は166Hzとした。
加速度計測が終了後、理学療法士1名は対象者の膝関節に関節モビライゼーションを行い、加速度計測とVAS測定の順に評価を実施した。
その後、対象者全員に健側と患側の膝関節対する関節モビライゼーションを実施し、その前後にVASの痛み評価と加速度測定を実施した。介入前後でのVASおよび加速度の変化について分析を行った.加速度データについては実測加速度と介入前の加速度を1とした介入後の相対加速度を用いた。
統計的分析は、加速度については介入前後において対応のないt検定と対応のあるt検定を用いて平均値の差の検定を行った。また、膝伸展加速度データの再現性については級内相関係数(ICC)を用い、有意水準は5%とした。
【説明と同意】
対象者全員に本研究の内容を口頭ならびに文章で説明を行い、書面にて参加の同意を得た。また、痛み等の不測の事態が生じた場合には、担当医師が速やかに対応できるような準備体制を整えるため、研究実施施設である医院の院長の同意を得た。 また、本研究は医院の倫理会議による承認を得た後、実施した。
【結果】
膝伸展加速度データの再現性において、ICCは信頼区間95%でX軸の加速度は健側にて0.67~0.99,患側にて0.75~0.92であり、Y軸の加速度は健側にて0.75~0.91、患側にて0.70~0.94と一致度は高く信頼性がある結果となった。主観的評価であるVASでは、対象者20名全員で介入前と比べ介入後に膝関節の痛みが減少していた。客観的評価である健側X軸の相対加速度では、介入後は1.03±0.38であり有意差を認めなかった。一方、患側X軸の相対加速度では,介入後は1.08±0.19であり、介入後は有意に増加していた(p<0.001)。健側Y軸の相対加速度では、介入後は1.12±1.10であり有意差を認めなかった。一方、患側Y軸の相対加速度では、介入後は1.25±0.79であり、介入後は有意に増加していた(p<0.005)。膝関節の関節モビライゼーション介入前における健側と患側の両群の実測加速度はX軸、Y軸ともに有意差を認めた(p<0.05)が,介入後では両群の加速度はX軸、Y軸共に有意差を認めなかった。
【考察】
膝OAによる関節痛により、まず対象者の膝伸展加速度が減少した。そして関節モビライゼーションによる関節痛の軽減により、痛み閾値が高くなり関節運動時の痛みが軽減された結果、膝伸展加速度が増加したと考えられる。また、健側では介入前後において加速度に有意差を認めず、患側では介入後に加速度が有意に増加した。この結果から、モビライゼーション介入することにより(、)介入してもらったから良くなるという心理的側面が除外される。もし、心理的側面が関与しているならば、健側、患側の両側で加速度が増加することが考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
加速度計を用いた関節運動時の痛みに対する評価する方法は,関節に負担をかけることなく簡便で臨床上有用であると考えられた。そして、痛みを客観的に、簡便に評価出来、同時に治療効果の判定にも有効であると考えられた。