抄録
【目的】変形性膝関節症(以下膝OA)は男性に比べ女性が高い発生率を有し,70歳代に限るとその数は1/100人年まで上昇する.またわが国の50歳以上人口における有病率は男性では約44%,女性では約65%と報告され欧米諸国と比較してもより高い割合であることが示唆されているが,その理由は明らかになっていない.欧米では膝OAの危険因子の一つである肥満対策や,下肢筋力トレーニングが効果をあげているが,本邦高齢者に対する3か月間の筋力トレーニングの効果を調査した研究では,膝OA患者がそうでない患者に比べトレーニング後に身体的生活の質が悪化する可能性が高いことが報告されている.したがって本邦における膝OA対策をより効果的なものとするためには,日本人/女性特有の関連因子の探索が重要である.本研究では下肢骨捻転と膝OAとの関連およびその性差・人種差を明らかにすることを目的とし,以下の調査を実施した.【方法】対象は日本または豪州在住の50歳以上の健常者86名(うち男性33名,白人34名),膝OA者202名(うち男性69名,白人102名)であった(平均年齢±標準偏差:健常群67.5±9.4歳,膝OA群69.5±8.1歳,p=0.065).測定変数は大腿骨前捻角と脛骨外捻角とし,先行研究にて基準関連妥当性と検者内再現性の確認されている電子傾斜計を用いた方法により計測した.データの分析には,膝OAの有無,人種差,性差の3つの要素を考慮した三元配置の分散分析を用い,有意水準α=0.05とした.【説明と同意】本研究はCurtin University of Technologyの倫理委員会の承認を得て実施した.各被験者には紙面で研究内容を説明し,同意書を得た.【結果】分析の結果,大腿骨前捻角,脛骨外捻角ともに健常群と膝OA群との間に有意な主効果は認められなかった.すなわち人種差,性差を無視した場合,両群ともに同様の値を示した.しかしながら大腿骨前捻角には[性別]×[膝OAの有無]に有意な交互作用が認められた(p=0.044).すなわち女性において膝OA群の大腿骨前捻角は健常群に比べ有意に小さかったが(膝OA群=12.5±10.8度,健常群=16.5±10.8度,p=0.029),男性では両群に差を認めなかった(膝OA群=14.8±10.2度,健常群=12.0±10.1度,p=0.212).また脛骨外捻角では[人種]×[膝OAの有無]に有意な交互作用が認められた(p<0.001).すなわち白人においては膝OA群の脛骨外捻角が健常群に比べ大きい傾向があったのに対し(膝OA群=45.4±10.8度,健常群=41.5±8.9度,p=0.057),日本人においては膝OA群の脛骨外捻角が健常群に比べ有意に小さかった(膝OA群=33.9±11.8度,健常群=40.0±10.5度,p=0.002).【考察】本研究結果より,膝OAと下肢捻転角には日本人,女性において関連があることが示唆された.特に膝OAを有する日本人の脛骨外捻角は明らかに小さい一方,白人では反対の傾向を持つことが示された.日本人膝OA患者の脛骨外捻角の低値は過去にも報告が散見されるものの,人種差を実証した報告はなく今後の追試が必要である.しかし幼少からの正座習慣が脛骨骨格形成に影響を与えるという説や,日本の地方在住高齢者の膝痛有症率が,ハワイ在住の日系ハワイ人のそれと比較して有意に高かったという報告などから,生活習慣を含めた文化的・環境的因子が膝OAと脛骨外捻角との関係を一部説明する可能性は否定できない.脛骨捻転角の低値は歩行中の足角減少を説明する一因子であり,足角減少は外的膝内反モーメントを増加させるため,膝OA重症化を促進したという実証研究がある.したがって本邦膝OA患者における脛骨外捻角の低値については,発症予防,重症化予防と言った見地からそのメカニズムを検証していく必要があると考える.大腿骨前捻角と膝OAとの関連については過去の見解が一致しておらず,その理由としてこれら先行研究では人種差や性差を考慮していなかったことが考えられる.本研究結果では,女性においてのみ大腿骨前捻角が膝OA群で低値を示した.大腿骨変形の要因として閉経後の骨密度低下が過去に示されており,また骨密度低値が膝OA重症化を促進した,といった実証研究も存在する.さらに大腿骨前捻角の低値は横断面上の大腿骨遠位端を外旋位にするため,足角の程度によっては膝関節に対する内旋ストレスを来す可能性もある.したがって女性膝OA患者における大腿骨前捻角の低値については,さらなる検証を要すると考える.本研究は横断的デザインのため因果関係については言及できず,また対象者のうち健常男性、健常白人数が少ないため結果の一般化に限界がある.今後は縦断的に下肢骨捻転と膝OAとの関連について調査して行く必要がある.【理学療法学研究としての意義】本研究は日本人や女性に多くみられる膝OA患者の下肢骨形態の特徴を,欧米人や男性と比較・把握したものであり,このような特徴把握は膝OA発症や重症化のメカニズムを明らかにしていく端緒となるのではないかと考える.