抄録
【目的】
変形性膝関節症(膝OA)は高齢者に高い割合で生じる慢性的疾患であり、主に疼痛や日常生活障害をもたらす。膝OAに対する手術療法には種々あるが、高位脛骨骨切り術(HTO)は確立された治療法の一つである。HTOは内反変形した膝関節を外反位に修正し、内側コンパートメントへの荷重を外側へ分散化させることにより疼痛を緩和する効果がある。一方、我々は日常診療においてHTO術後に歩行中の膝関節痛が残存する症例を経験するが、その要因は明らかにされていない。
そこで本研究の目的はHTO患者を術後6ヶ月時点で疼痛が軽減する群と残存する群に分け、群間で歩行動作について比較検討し、疼痛残存群の特徴的な歩行を明らかにすることとした。疼痛残存群では膝内側コンパートメントへの負荷量を反映するとされている膝内反モーメントが術前と同等又は大きくなる、また疼痛軽減群より大きくなるという仮説を立てた。
【方法】
対象は当院整形外科にて内側型変形性膝関節症と診断され、HTOを施行された患者7名7膝とした。対象は男性1名、女性6名、平均年齢は55.8(46~64)歳であった。(外傷性、リウマチ、外側型の変形性膝関節症患者は除外した。)
測定はHTO術前、6ヶ月に実施した。
疼痛評価としてNumeric rating scale(NRS)を用いて歩行時の疼痛について10段階で評価した。
歩行動作の評価として、3次元動作解析装置Vicon612(Vicon Motion Systems 社、Oxford、英国)7カメラシステムと4枚の床反力計(AMTI社製、Watertown、米国)を用いてサンプリング周波数60Hzにて計測した。対象はVicon標準ソフトであるPlug-In-Gaitモデルに即し全身の39点に赤外線反射マーカーを貼付した。運動課題は裸足にて歩行速度を規定しない自由歩行とし、8mの歩行路にて測定した。
検討項目は、静止立位時膝内反角度、立脚期における膝内反角度の変位量(lateral thrust)、膝内反モーメントとした。
NRSにおいて、術後6ヶ月での点数を術前の点数で減じた値が、負の値を示す者を疼痛軽減群、0または正の値を示す者を疼痛残存群として分類した。
さらに群間で歩行動作解析より得られた各データの平均値を算出し比較検討した。
なお、症例数の不足により統計学的検討は不可能であった。
【説明と同意】
研究の実施に先立ち、広島大学病院の倫理審査委員会にて承認を得た(第疫-204号)。また、すべての被験者に研究の目的と内容を書面にて説明し、文書による同意を得たうえで計測を行った。
【結果】
7名中、疼痛軽減群は4名(NRS術前後差:平均-3.75点)、残存群は3名(NRS術前後差:平均+1点)であった。
静止立位時の膝内反角は疼痛軽減群で術前10.6°、術後1.2°、残存群は術前12.5°、術後-0.7°であった。lateral thrustは疼痛軽減群で術前8.6°、術後3.3°、残存群では術前2.7°、術後6.5°であった。膝内反モーメントは疼痛軽減群で術前0.81Nm/kg、術後0.43Nm/kg、残存群で術前0.82Nm/kg、術後0.35Nm/kgであった。
【考察】
対象の膝関節は両群ともに手術によって内反変形が矯正された。HTO後、6ヶ月の時点で疼痛が軽減する症例は歩行中のlateral thrustが術前より小さくなり、疼痛が残存する症例はlateral thrustが大きくなる傾向にあることがわかった。一方、一般に膝関節内側コンパートメントへの負荷量を反映するとされている膝内反モーメントは両群ともに術前と比較して術後6ヶ月で減少し、疼痛残存群の方が軽減群と比較し、より減少していた。
膝内反モーメントは床反力ベクトルと関節中心からベクトルまでの距離との積で求められるため、HTO術後のように膝関節が正中位または外反位に修正されたとき、膝内反モーメントは低値を示し、膝関節痛を反映する指標にならない可能性がある。lateral thrustは立脚期中の側方動揺、不安定性を表し、動揺による内側コンパートメントへのストレスを反映しているものと推察される。
以上より我々の立てた、HTO後疼痛が残存する群では膝内反モーメントが術前より、また疼痛軽減群より大きくなるという仮説は否定され、疼痛増悪群ではlateral thrustが術前より大きくなるという可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
理学療法士は高位脛骨骨切り術後、疼痛残存患者に対して、歩行中のlateral thrustを減少させるアプローチが推奨されることが示唆された。