抄録
【目的】食道癌術後においてはその手術侵襲の大きさから術後呼吸器合併症を生じやすく、当院でも術後の人工呼吸器離脱が遅れ離床に難渋する症例が見受けられる。呼吸器合併症の発生に関与する因子については多くの報告があるが統一された見解はなく、また腫瘍の進行度や手術関連因子など理学療法による介入が不可能な因子の報告も多い。そこで今回我々は、術前の呼吸機能と理学療法測定項目において、術後呼吸器合併症に関与する因子について検討したので報告する。
【方法】対象は2009年7月~2010年9月までに当院にて、開胸・開腹を伴う食道亜全摘・再建術を一期的に施行された23名(平均年齢62.6±7.1歳、男性18名、女性5名)である。術後人工呼吸器離脱に要した日数から呼吸器合併症の有無を判断し、合併症群(術後4日以内に離脱)と非合併症群(術後5日以上で離脱)の2群に分け、術前呼吸機能(%VC、FEV1.0%、PEFR、V(dot)50/V(dot)25)と術前理学療法測定項目(TUG-T、10m歩行、胸郭拡張差)について検討した。また、年齢および術後の立位・歩行・ICU退室・退院に要した日数についても2群間で検討した。統計学的検討については対応のないt検定を用い、有意水準を5%とした。
【説明と同意】事前に本研究について説明し、同意を得た。
【結果】合併症群は6名、非合併症群は17名であった。人工呼吸器離脱に要した日数は、合併症群で2±1.3日、非合併症群で9±2.2日であった。術前呼吸機能は、合併症群で%VC112.1±13.6%、FEV1.0%は74.9±8.0%、PEFRは8.0±2.0L/秒、V(dot)50/V(dot)25は3.1±0.5であり、非合併症群で%VC115.5±14.1%、FEV1.0%76.7±6.6%、PEFRは7.6±1.9L/秒、V(dot)50/V(dot)25は4.0±1.3であった。それぞれに2群間で有意差はみられなかった。術前理学療法測定項目については、合併症群でTUG-T8.6秒±1.5秒、10m歩行6.9±1.0であり、非合併症群でTUG-T8.9±1.6秒、10m歩行7.7±1.4秒であり、有意差をみとめなかった。胸郭拡張差についても2群間で有意差はみとめなかった。合併症群で立位に要した日数は3±1.2日、歩行で4.5±2.0日、ICU退室で10±2.7日、退院で29±15.3日であった。一方非合併症群では立位で2±1.3日、歩行で3.6±1.5日、ICU退室で8±3.5日、退院で23±5.4日であり、いずれも2群間で有意差はみとめなかった。年齢についても合併症群66.3±4.7歳、非合併症群で61.2±7.4歳であり有意差はみとめなかった。
【考察】従来より術後呼吸器合併症の危険因子としては、高年齢や慢性呼吸器合併症の既往などが挙げられている。今回の検討で術前の呼吸機能や理学療法測定項目の影響を受けなかった理由として、対象の年齢が比較的若く術前に著明な呼吸機能・運動機能の低下をみとめなかったことも考えられるが、最大の要因としては全例において術翌日より理学療法が再開となり、離床や呼吸理学療法が早期より開始できたことにあると考えられる。当院では2009年4月より周術期管理センター(PERIO;perioperative management center)が組織され、麻酔科医・看護師・理学療法士など多職種が集中的に周術期に関与することで治療効果の向上を図っている。食道癌術後において理学療法は原則術翌日から開始される。一般的に食道癌術後は術後1~3日前後に呼吸器合併症が生じやすく、また同時に循環動態も不安定となりやすいと言われているが、医師・看護師とともに連携し術後早期の不安定な状態からリスク管理を確実に行いながら理学療法を実施していくことにより、呼吸器合併症の予防や併発した呼吸器合併症の改善が可能であったと考えられる。また退院までの日数にも有意差はなく、継続した理学療法の実施が呼吸機能や全身持久力の改善に有用であったことが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】食道癌術後の呼吸器合併症においては、その要因が手術に関連した因子である事が多いといわれている。しかし、実際に我々理学療法士に手が届く範疇は限られている。明らかな関連因子の抽出はできなかったが、理学療法が介入可能な項目においての呼吸器合併症に影響する因子の検討は意義のあるものと考える。