抄録
【目的】食道癌手術は侵襲が大きく、気道内分泌増加などで呼吸器合併症発生率が高いといわれている。術後合併症防止のために術前より排痰を促すような呼吸方法の指導を行っていても全身麻酔による呼吸機能低下や術後疼痛により排痰困難な症例もあり、気管切開やミニ気管切開でミニトラック挿入を行う場合もある。当センターでは、2009年1月より食道癌手術予定入院患者の全例に対し、術前は評価と呼吸指導を実施、術後はICUより病棟に帰室した時点で排痰困難で離床に難渋している症例を対象に理学療法(PT)を実施している。その中で、ミニトラック挿入例も経験している。今回、術前介入例について、術後PT介入例・非介入例に分け、さらにその中でミニトラック挿入例・非挿入例に分け、4群間の相違点についての比較、検討を目的とした。
【方法】2009年1月より2010年8月までの食道癌亜全摘出術を施行した83例のうち術後PT介入例は15名であった。15名を気管切開2名とミニトラック挿入5名を合わせた7名(男性5名、女性2名、68.7±5.9歳)をA群、気管切開とミニトラック非挿入8名(男性7名、女性1名、57.6±6.6歳)をB群に分けた。また術後PT非介入68名を、ミニトラック挿入12名(男性10名、女性2名、62.3±9.9歳)をC群、非挿入56名(男性49名、女性7名、63.8±6.1歳)をD群に分けた。検討項目は肺活量、%肺活量、一秒量、一秒率、最大呼気流量、術後在院日数、術後PT施行回数、言語聴覚療法(ST)の術後開始時期、ST施行回数の9項目を比較した。統計処理はKruskal-Wallis検定を用い、各群比較には多重比較検定のScheffe法を用いた。有効水準は5%未満とした。PT終了時の目安は、排痰可能で病棟内歩行自立できた時点とした。
【説明と同意】口頭と書面で十分な説明を実施し、全症例とも承諾、同意を得た。
【結果】検討した9項目の平均は、A~D群それぞれで肺活量は2.7±0.6L,3.3±0.4L,3.5±0.8L,3.6±0.7L、%肺活量は94.3±10.4%,97.3±9.2%,106.5±12.8%,109.2±14.4%、一秒量は2±0.7L,2.4±0.5L,2.7±0.6L,2.8±0.7L、一秒率は74.5±11.3%,77.8±10.4%,79.8±7%,79.5±7.4%、最大呼気流量は4.7±2.8L,6.7±1.7L,7.8±2.1L,7.5±2.1Lであった。術後在院日数が84±47.2日,42.4±11.9日,49.8±28.4日,37.6±19.7日、術後PT施行回数はA群26.7±22.5回,B群5.6±5.1回、STの術後開始時期は84±47.2日,42.4±11.9日,13.6±5日,14±9.6日、ST施行回数は25±12回,13.3±4.3回,15.1±13.5回,6.8±6.8回であり、ST不適応がA群2名,B群1名、摂食嚥下に問題なくST非介入はB群1名,D群11名であった。4群間では肺活量、最大呼気流量と予測率、術後在院日数、ST術後開始時期と施行回数に有意差を認めた。各群比較では肺活量はA群とD群、最大呼気流量はB~D群とA群、術後在院日数はA群とD群で、施行回数はA群とB群で有意差を認めた。ST介入術後日数はB群とD群以外で、ST施行回数はD群がA群とC群に対して有意差を認めた。反回神経麻痺をA群は両側3例,B群は両側1例,片側1例,C群は両側3例,片側2例,D群は両側2例,片側11例に認めた。
【考察】ミニトラックは術後の気道内分泌物の管理において気管切開よりも比較的簡便・容易であるため重度呼吸器合併症以外の使用が多いといわれている。当センターでは、気道内分泌物が多く、排痰困難な場合に挿入している。今回、A群とB群では排痰において重要な最大呼気流量がB群の方が良好であり、排痰よりも離床に重点を置いて練習できた。そのため、B群は離床が進み、術後施行回数も少なく、それに合わせて摂食・嚥下練習も早期に施行でき、術後在院日数も短縮できたと考える。またA群とC群では、術前呼吸機能がC群の方が良好で、特に最大呼気流量に有意差を認めた。排痰能力に差を生じたため、離床の障害とならなかったことが要因と考える。しかし、反回神経麻痺などにより、摂食・嚥下練習に難渋したためST施行回数は有意差がなかったと考えられる。今回の症例では、術前呼吸機能の最大呼気流量により術後PT介入の有無やミニトラック挿入の有無が生じたと考えられ、最大呼気流量が平均6.7L以下で術後PTが必要であった。また、平均4.7L以下ではミニトラック挿入が必要であったが、一秒量が平均2.7L以上であれば、挿入しても術後PTが必要でなかった。これらから、術前呼吸機能で最大呼気流量が平均4.7L以下かつ一秒量が平均2.7L以下の場合、術前では腹式呼吸のような呼吸指導とともに咳嗽練習やハッフィングなどの排痰方法の集中的指導が重要と考える。
【理学療法学研究としての意義】術前呼吸機能で呼気能力、特に最大呼気流量が低値の場合は術後の排痰困難に伴うミニトラック挿入が予想されるため、術前呼吸指導で呼気練習を注意深く指導していく必要があると示唆される。